【タトゥーぎらい】第2回 グロテスクな「おもてなし」
世界中で伝統文化として認められ、ファッションとしても受け入れられているタトゥー。ひるがえって日本ではどうだろう。 彫り師は相次いで摘発され、タトゥーを入れた芸能人は容赦ないバッシングにさらされる。
他人の身体やアートの領分なのに、激しい感情が噴き出すのはなぜなのか? タトゥー批判を読み解けば、お節介で過干渉な日本社会の歪んだ「優しさ」が浮かび上がる。
新聞とネットをまたにかけてサブカルチャーを追い続けてきたジャーナリスト・神庭亮介が提示する、窒息寸前社会のためのYESでもNOでもない第3の選択肢。
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「みなさんと銭湯に入れて嬉しいです。 WELCOME TO KUMAMOTO」
くまモンのイラストに、こんなメッセージをあしらったシールが、熊本県の銭湯で配られた。
タトゥーを入れた外国人客への「おもてなし」をうたう県の事業の一環で、ラグビーW杯と女子ハンドボール世界選手権が開催された2019年9〜12月の間、熊本市内の1施設に限って配布されたものだ。
県のホームページには、次のようにうたわれている。
・熊本を訪れた外国人の方の中には、家族愛などの理由でタトゥーを入れた方もおられます。
・今期間中は、このような外国人の方を熊本のおもてなしの心でお迎えしようと、〇〇湯でのご利用に限り、タトゥーのある外国人の方に「“おもてなし”シール」を貼って入浴していただきます。
シールの大きさは縦11センチ×横9センチ。タトゥーを隠すために使ってもいいし、それ以外の場所に貼っても構わないという。
やさしい踏み絵
報道で取り組みを知り、うすら寒いものを感じた。「おもてなし」と言いつつ、踏み絵を迫るようなやり口。やさしさの皮をかぶった柔らかな管理と同化。慇懃なお目こぼし。
寛容のポーズこそとっているものの、結局のところ「郷に入っては郷に従え」の婉曲話法に過ぎないのではないか? これならいっそ、全面禁止の方がすがすがしい気さえする。
ネット上では「いい取り組み」と評価する声の一方で、「シールを貼る人の心を勝手に代弁するようなメッセージ」「ここまでグロテスクな『おもてなし』なかなかない」など、反発も広がった。
次回以降に後述するが、タトゥー客向けに無地のシールを配る試みはほかの宿泊施設や温浴施設でも行われている。官主導の事業であること、そして「みなさんと銭湯に入れて嬉しいです」という文言が炎上を加速させた面は否めないだろう。
日本人差別?
シールの配布対象者は外国人のみで、日本人のタトゥー愛好者は期間中も変わらず利用禁止。「タトゥー差別」を緩和するために、新たに「日本人差別」を引き起こしてしまったのだとしたら皮肉なことだ。
そもそも、外国人かどうか、どのように見分けたのだろうか。
熊本県の広報グループは「実施場所の銭湯にはもともと外国の方もある程度来ており、『かなりわかる』と自信を持っていたので、ご判断はお任せしました。おもてなしシールは、お互いに気持ちよくお風呂を楽しむためのツール。入り口のところで『証明するものを出して』とギリギリ詰めると、おかしくなってしまうので……」と説明する。
映画『テルマエ・ロマエ』の阿部寛のように「古代ローマ人」と言っても通りそうな日本人もいれば、彫りが浅く日本人のような顔立ちの外国人もいる。「平たい顔族」は何も日本人ばかりではないのだし。
国籍で区別するという発想自体がナンセンスだが、それをいったん脇に置くとしても、対象者の選別基準の不透明さには疑問が残る。
利用者はたった1名
県によれば、期間中この銭湯を訪れた人は2557人で、前年の約1.4倍。このうち外国人は132人で、フランス(48人)、香港(20人)、中国(11人)、台湾(11人)、マカオ(11人)からの客が多くを占めた。
しかし、実際におもてなしシールを利用したのはたった1名。イギリス人の女性だけだった。
おもてなしシールを含む、「銭湯くまモン」事業に投じられた予算は約900万円。事前に300枚ほどのシールを準備していたというだけに、随分と寂しい結果だ。
県の担当者も「想定よりも少ない」と認める。タトゥーを入れた外国人観光客にシールの存在が十分浸透していなかったか、知ってはいたが利用するには至らなかった、ということだろう。
ネットでの批判は県も承知している。「あくまでも国際スポーツ大会に合わせた試行的な取り組みであり、永続的なものではありません。今回の結果を民間の銭湯や温泉でも参考にしていただければ」(広報グループ)
銭湯は原則OKのはずが……
もうひとつ、私が違和感を抱いたのが、もともと銭湯は基本的にタトゥーOKのはずではないのか?ということだった。
これには説明が必要だろう。日本の公衆浴場は一律「タトゥー・刺青NG」だと思っている人も少なくないが、実は街場の銭湯は原則的にタトゥー客も受け入れている。
2200軒あまりの銭湯が加盟する「全国浴場組合」は取材に対し、こう回答した。
「当組合に加盟している施設では、基本的に刺青のある方もお断りしていません。サウナやスーパー銭湯では刺青お断りの店もあるため、銭湯もそうだろうと思われがちですが、以前から同様の対応です」
「ただ、過去のトラブルなどを理由に個別にお断りしているお店もあるかもしれないので、できれば事前に電話で確認していただけると安心だと思います」
方針のねじれ
ところが、熊本県の公衆浴場業生活衛生同業組合は、おもてなしシールが配られた銭湯も含め、加盟する11施設すべて「タトゥーお断り」だ。
全国浴場組合と熊本県の組合とで、方針に「ねじれ」があることになる。
県組合によれば、都道府県によって対応は異なり、熊本の場合は各浴場の判断に任せているとのこと。以前はタトゥーOKの施設もあったが、廃業してしまったそうだ。
「大阪など下町文化が根付いている地域では、刺青をした人が銭湯に来ることも日常的にありますが、熊本は違います。お客さんあっての銭湯なので、『怖い』という人がいる以上、お断りするしかありません」
客商売としてクレームを意識せざるを得ない施設側の心情は理解できる。だが、銭湯は公衆浴場法に規定されたライフラインでもある。
果たして「怖い」「不快」といった苦情を理由に、客を拒否することは許されるのか。次回は「お風呂とタトゥー」をめぐる法律面を掘り下げてみたい。
神庭亮介(かんば・りょうすけ) 1983年、埼玉県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2005年に朝日新聞社入社。文化くらし報道部やデジタル編集部で記者をつとめ、2015年にダンス営業規制問題を追った『ルポ風営法改正 踊れる国のつくりかた』(河出書房新社)を上梓。2017年にBuzzFeed Japanへ。関心領域はサブカルチャー、ネット関連、映画など。取材活動のかたわら、AbemaTV「けやきヒルズ」やNHKラジオ「三宅民夫のマイあさ!」にコメンテーターとして出演中。