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「仕事と子育てを上手に回し、すべてを手に入れよう」に注意|5月24日発売『女性はなぜ男性より貧しいのか?』

現在のペースだと男女間の賃金格差を解消するためには257年かかる――。
男女間の賃金格差の実態と格差解消に向けた具体策に迫る書籍『女性はなぜ男性より貧しいのか?』(アナベル・ウィリアムズ著、田中恵理香訳)が
5月24日に発売になりました。
金融ジャーナリストとしてキャリアをスタートした著者は、金融界でよく使われる「女性はリスクを冒したがらない」という言葉に違和感をおぼえます。そして、お金と女性の関係を調べるにつれ、この言葉がいかに短絡的で、多くの女性がおかれている社会経済的状況を考慮していないのかを実感します。

男女間の賃金格差は世界的な社会課題であり、2023年9月には株式会社メルカリが自社の男女間の賃金格差の実態と、是正を実施したこと公表、そして2023年10月には男女賃金格差を研究したクラウディア・ゴールディン氏がノーベル経済学賞を受賞しました。

発売に際して、本書の一部を公開します。
本書内で著者は、女性が男性と同等の経済力を持つことを阻んでいる理由の一つに「ネオリベラル・フェミニズムが経済の不平等に対処できていないこと」と書いています。
では、ネオリベラル・フェミニズムとはどういう考えなのか? ぜひご一読ください。

どういうことがネオリベラル・フェミニズムなのか?

 問題は、女性のリーダーやメンターというより、ネオリベラル・フェミニズムの言説がどういうものかを社会全体が認識していないことにある。
 ネオリベラル・フェミニズムは、力をもつ者がジェンダー平等や女性のエンパワーメントといった言葉を表面的に捉え、同時に私たちの生活を形づくっている社会経済的、文化的な構造を否定する、巧妙なやり方なのだ。
 では、どういうことがネオリベラル・フェミニズムなのだろう?
以下に、核となっている考え方をあげてみる。

1 要求するのではなく、自分のマインドセット・行動を変える

 ネオリベラル・フェミニズムは、女性がマインドセットと行動を変えて職場になじんでいくよう求める。企業に労働文化を改善するよう要求するのではなく、どんなことを求められたとしても、女性のほうが自分自身を仕事に合わせていくよう勧める。正しい態度で適切な行動を示せば、職場は誰もがうまくやっていける中立的な空間になると決まっているのだ。
 職場という空間は中立的とみなされているので、もし問題が起こったとすれば異常事態であり、職場ではなく、ある女性に特有の問題だと考える
 ほかの人がみなうまくやっているのに、職場に問題があるわけないだろう? そして、差別を克服するのはその女性の責任になる[33]。これはフェミニズムでなく静観主義だ。私たちは、自分の行動を変えるのではなく、異議を唱えるべきだ。(略)
 

2 女性は男性のように堂々と自己主張し自分に自信をもつこと

 ネオリベラル・フェミニズムは、男性が仕事で成功するうえで役立ったと考えられる特性を女性が取り入れるよう促す。積極的に自分の意見を主張する、自分をもっと信じる、より戦略的に考えるなどだ。女性は競争に慣れていないため、成功を阻んでいる障壁は自分自身の内面にこそある、だからこの壁を克服しなければならない、などと言われることもある。
 問題なのは、企業で求められる行動や心理が多くの人にとって受け入れがたい場合もある、ということだ。
 ジョアン・ラブリンの著書『Earning It(稼ぐ)』(未邦訳)は、「ビジネス界のトップに上りつめた女性の先駆者が苦労して得た教訓」という副題がつけられていて、「企業という戦場」での成功はフェミニストの理想だとして、「あなたが潜在能力を最大限発揮するためのすばらしいキャリア指針」になると請け合っている[35]。
 同書で用いられている表現は明快だ――現代の職場は戦場のようだが、征服できれば自己実現ができる。
 しかし、紹介されている女性の体験から、企業でのキャリアという道が実際はどんなものかもわかる。「2人の女性は、かなり大きな事業の責任者だったときに、まだ若い年齢だったが脳卒中を患った」という話を紹介している[36]。それでもなお「気概をもって立ち上がり、キャリアのなかで障害に直面しても敗北を認めまいと決意していた」という。
 これでは、仕事のストレスに苦しむ女性について淡々と述べているだけだ。そして、同じような口調で、女性はキャリアを追求すべきだと謳い上げる。しかし、個人のキャリアの追求だけでなく、女性どうしの連帯がフェミニズムに不可欠なはずだ。

3 仕事と子育てを上手に回し、すべてを手に入れよう

 男性は、どのようにしてワーク・ライフ・バランスをとっているかと聞かれることはけっしてない。しかしネオリベラル・フェミニズムでは、高収入でやりがいのある仕事をしながらパートナーも子どももいるという「すべて手に入れる」ことができた「例外的な女性」を称える。キャリアと子育てをもっと楽に両立できるように制度を変えることは求めず、相変わらず「バランス」を実現するための方法をしきりに提案する。そして、やたらと将来について強調する。
 仕事と子育てを上手に回していこう、違ったアプローチを試してみよう、そうすればいつかバランスがとれる、と説く。ネオリベラリズムは、将来すばらしいことがあると約束する。いまはまだできないだけだ、と。
 制度に打ち勝った女性を具体的にあげることで、ネオリベラル・フェミニズムは女性が制度的に差別されているという考えを否定し、既存の制度がいっそう受け入れられるようにしむけているのだ。(略)
 実際のところ、ワーク、ライフ、家族のバランスを実現するのは、相当な額の財源があるか並はずれて協力的な家族がいるかでないかぎり、途方もなく難しい。
 このことは、出生率の変化に反映されている。アメリカでは現在、最も裕福で学歴が高い層の女性が多くの子どもを産む傾向にあるが、歴史的には、社会的、経済的に低い階層の人たちのほうが子どもを多く産んでいた[37]。年収が50万ドル以上(約7400万円)ある世帯の3分の1は3人以上の子どもがいるいっぽう、年収50万ドル未満では、すべての収入層で、40歳から45歳の女性のうち3人の子どもがいる人は3分の1に満たない[38]。
 ネオリベラル資本主義のもとでは、広い家に住み育児を助けてもらう手段を得て子どもに最高の機会を与えてやるだけの余裕があるのは、最高の収入がある人だけ、という傾向が強まっている。一説によれば、高学歴の女性のパートナーは育児も共同で取り組もうとするという。
 超富裕層は別だが、研究によれば、一般に女性は子どもの数が多いほど、同年齢の男性と同じだけの給料を得られる見込みが低くなっている[39]。
 これは、女性が最適な選択をしなかったからではなく、うまく乗り切るために必要な条件が整っていなかったからで、古くからある社会の体制の問題だ。たとえば、企業は学校が休みの期間に合わせた十分な有給休暇を与えない、子育てに膨大な費用がかかる、などだ。
 ここまであげてきた状況は、経済の不平等に関心があるフェミニストの最優先事項にあげるべき課題だ。不利な条件を乗り越え成功した女性たちの話には心を動かされるが(またこうした人たちは興味深い人生を送っているものだが)、「すべて手に入れる」ことを強調するのは現実からかけ離れていて、女性にとって不利な社会体制を強化することになる。

4 給料からあなたの価値を知る

「自身の価値を知ろう」は、女性のメンターが、キャリアアップを図り個人の資産を増やすよう勧めるときに使うキャッチフレーズになった。私は、女性に向けたこの手の指南書を3冊調べた。いずれも何らかのかたちで「あなたがほんとうに信じる自分の価値は何かを問うてみよう」とアドバイスしている。また、「平等な給料に向けて自分の価値を知ろう」とか「自分の価値を知り交渉する方法」とかいったセミナーがひんぱんに開催されている。ロンドンで定期的に開催される「資産大改造」と称する5時間のセミナーの参加費は169ポンド(約3万2000円)もする。
 もちろん時給10ポンド(約1890円)で働く人にも、1日で500ポンド(約9万4000円)稼ぐ人に劣らない価値がある。社会で不可欠な仕事をしているのに給料が少ないという人が何百万人もいる。ただし、一定の時間で得られる賃金には、それぞれの仕事に対する社会の見方が反映されている。そうした時間あたりの賃金が個人の生涯にわたって積み重ねられていく。
 たしかに、お金があるということは、人生において物質的な快適さを与えてくれるものであり、個人にとっても家族にとっても機会が増えるということだ。貧困からくるストレスを軽減し、愛する家族が困窮しているのを見るつらさから解放してくれる。だから、もっとお金を稼ごうとするのは悪い考えではない
 ただ、「給料からあなたの価値を知る」という提案は概して、ある種の女性についてのみ取り上げ論じているものだ。資金がふんだんにある(ボーナスや手当を交渉する余地がある)大規模な民間企業に勤めている女性、キャリアのなかですでに自由と選択を十分得ている女性、だ。多くの女性は、給料を交渉したり自由に転職したりできる立場にない。大半の組織で変化は遅々としていて、予算は厳しく制限されている。ましてや、職務明細書を変更してもらったり手当の交渉をしたり、あるいは主張が報われたりする余地はあまりない。
 給料と自分の価値を同一視するのはばかげている。「自分の価値」だけのものを得られることはけっしてない。給料はある特定の時点で稼いでいる金額にすぎず、あなたの価値とは関係ないからだ。
 もし、自分の能力や経験を反映していると思う金額を自分で決めたとしても、それだけの金額を払ってくれる人を探さなくてはならないし、弁護士や外科医や心理療法士の1日の料金は、最終的には特定の地域にその専門職が何人いて専門スキルがどれぐらい求められているかで決まる。たしかに、あなたは優秀だと判断されて、雇用主や利用者が高い給料や料金を払ってくれるときもあるだろう。
 しかし、そんなふうにばかり考えてはいけない。反対に、次の仕事で給料が下がったとしても、あなたの価値が下がったという意味ではないのだ。雇用主から余剰人員になったと言い渡されたとしても、同じだ。

原注: 
[35]  Joann S. Lublin, Earning It: Hard-Won Lessons from Trailblazing Wo
men at the Top of the Business World (New York: Harper Business,
2016), 
[36]  Lublin, Earning It, p. 5.

『女性はなぜ男性より貧しいのか?』
著者:アナベル・ウィリアムズ、訳者:田中恵理香
四六判・並製・352ページ
ISBN:978-4-7949-7423-5
本体価格:2600円(+税)
https://www.shobunsha.co.jp/?p=8250

装画:小林千秋
装丁:鳴田小夜子(KOGUMA OFFICE)

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https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784794974235 (版元ドットコム)

目次

第1章  私たちのいまの状況
第2章  これまでの道のり
第3章  お金に関する思い込み
第4章  老後貧困という重大問題
第5章  男性が主流の経済学
第6章  政府がジェンダーを考慮しない
第7章  日々の生活費が少しずつ高い
第8章 「女性の問題」
第9章  ジェンダーに基づく住宅危機
第10章 ただ働きのケアワーカー
第11章 リプロダクティブ・ライツ
第12章 賃金格差
第13章 美の基準と社会の期待
第14章 セルフケアとしてのお金
第15章 投資について語ろう

著者:アナベル・ウィリアムズ(Annabelle Williams)
投資、経済、消費者問題を専門とするジャーナリスト、編集者。タイムズ紙でコラムニストとして活躍したのち、テレビ、ラジオ、パネルディスカッションに出演するなど、さまざまな活動を通して男女間の金融格差に対する事実を広めている。本書が初の著作。

訳者:田中恵理香
東京外国語大学英米語学科卒、ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士課程修了。訳書にフィッツハリス『ヴィクトリア朝 医療の歴史』(2021年、原書房)、フィリップス『巨大企業17社とグローバル・パワー・エリート』(2020年、パンローリング)、ルイス『むずかしい女性が変えてきた』(2022年、みすず書房)などがある。