結局、男は男だし、女は女。

人生云々みたいな小難しい議論については僕はほとんど完結を見たので(上掲記事参照)、ここ最近は人生がどうの宇宙がどうのという議論からは敢えて距離を置いて、より卑近な問題についてアレコレ考察するようにしている。

その中でも最近のマイブームは男女論だ。



昨今は(というか大分前から)男女がどうのジェンダーがどうの平等がどうのという“しょうもない”議論かまびすしいのであるが、僕がざっと俯瞰するに、結局それらは往時の社会主義などと同様の「失敗した思想」であろうなと思う。

往時の社会主義がリアルタイムではそうではなかったように今日のジェンダー論もまた「これは正しく、進んだ思想だ」と勘違いされているのであるけども、100年後の歴史書においては「失敗した思想」として嘲笑されているに違いない。



この事に気付いているのは僕だけではなくて、僕と同様の主張をしている若者が最近はポツリポツリと増えてきているように見える。
恐らくオジサンは「かつて自分たちが男尊女卑謳歌しまくってきた事に対する“ファッション贖罪”としてのファッションフェミニズム」に奔走し続けるだろうけども、僕ら若い世代はそもそも物心ついた時点で男女平等云々な時代であったから、オジサンたちのように若いころの贖罪としてのフェミニズム称揚に奔る必要がない。
(このことに絡めて、昨今は若い世代の間でアンチフェミニズムの隆盛が見られる事は各所からたびたび指摘がなされているし、無論本文自体もそれの一環である。)




恋愛工学がどうのというのはキショイ界隈なのでどうでもいいとして、オトコとオンナの生態がある程度科学的に解明されつつあるのは事実だ。
徐々に科学的に解明されつつあるオトコとオンナの生態を見るに、僕らニンゲンも結局はただのサルなんだな~って痛感させられる。


結局男は男だし、女は女なのだ。


男は強くて、女はか弱い。
これがホモサピエンスの文化の根底を規定している。

が、昨今の世相はこの「男は強くて、女はか弱い」という自明の理を無理くり否定しようとして、上っ面のリベラルごっこに明け暮れ、その結果却って男女分断が進行してしまっている。




世間は男女平等がどうの、男は女を尊重しろ、女の意見を聞けと言う。
『アスペルガーの男性が女性について知っておきたいこと』という本でも、確か「セックスする時は、相手女性がセックスしたいと言うまではセックスしてはいけない」的な事が書いてあった。


しかし現実には、女は生物学レベルで男から乱暴に且つ格下として扱われる事を望んでいるし、セックスする際にも男に主導される事を望んでいる。
女が自分から「手をつなぎたい」「キスしたい」「セックスしたい」といちいち申告するまで手を出さないような“誠実な男”を、女は男らしいとは思わない。
女はフェミ男よりも女性差別主義者な男に発情するというのは、“残念ながら”統計学的にほとんど解明されている。
※無論あくまで統計の話だ。


割り勘がどうの主婦がどうのという議論も昔から盛んであるが、結局女は男から庇護されて、奢られて、手厚く世話される事に興奮を覚える。
そういう動物なのだ。

それはホモサピエンスの生殖形態からいっても理に適っている。

それが現実だ。



だから本来なら、そういう動物レベルの本能に忠実になって、男も女も男女関係を楽しめばいいのである。

女はか弱い生き物だから男が守ってやらねばならないし、女もまたそうして強いオスに守られる事に幸福を感じればいい。

男は女に奢ってやるべきだし、たびたびプレゼントを贈ってやるべきだ。
結婚の際にも、基本的には男が社会で戦って生活資源を獲得するべきだ。

セックスの際にもあくまで男が先導してやればいい。
女は自分の意見を持って、自分の意見を主張する事、責任を持つ事を本能レベルで嫌う。

それがシンプル。

それが結局は男女の幸福への最適解。




しかし昨今のしょうもない議論は、そういった本能レベルで自然な男女の在り方を批判し否定する。

律義で誠実な男ほどそういった議論を真に受けて、女を男と対等に扱おうとするが、女は自分を対等に扱ってこようとする男には欲情できない。
女は男(厳密には“最低でも”上位20パーセントのイケメン)にモノ(格下)として扱われたい。
口では「そんなことない」というが、体はしっかりと反応する。
これは科学的調査である程度証明されているし、そういった証明が相次いだからこそかつての恋愛工学ブームがあった。

何より現実の女の言動が「それ」を立証している。


今日のしょうもない男女平等論うんぬんは、男も女も不幸にする。
どちらかというと、より女の方を不幸にしている。
男は男で、親や教師から口酸っぱく言われたことを忠実に守って女に優しくしてやってるのに却って女が「優しい男ってキショい!イライラする!」とカリカリするものだから混乱している。インセルなんかにはこの手の弱者男性が多い。

ここに今日の深刻かつしょうもない男女の分断が発生する。




結局男は男だし、女は女だ。
互いにそれをよくよく理解して、各自で相応の振舞いをする。
男は男としての役目を果たし、女は女としての役目を果たす。
それが結局は男女の幸福につながる。

ジェンダーギャップ指数が高い(笑)と言われる日本国における女性の幸福度が有意に高いのも、つまりはそういう事だ。

少なくとも僕は、昨今のしょうもないジェンダー論に参画する気は一切ない。