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映画『キャンディマン』所感

この記事はネタバレを含みます。

『キャンディマン』が凄まじく良かった。『ゲット・アウト』『アス』のジョーダン・ピールは本作ではプロデューサーという立場だけど、左右回転逆さに動きまくるカメラやポップミュージック引用のセンスは、特に『アス』と地続きであるように感じた。それと同時に、私は常日頃ホラー映画はコメディ映画とともに「映画とは独立した映像作品の1ジャンル」と何となく思っているが、この『キャンディマン』はその考えを強固なものにした。

ジョーダン・ピールの監督デビュー作『ゲット・アウト』には、「あまりに黒人と白人の二項対立ばかりを描いている」という見方もあった。こちらには主人公の恋人の弟としてゲイの青年が登場するし、主人公アンソニーと恋人ブリアナの諍いが加熱したシーンはDVの問題を連想させたりと、ブラック・ライブス・マターというテーマとそれ以外の政治的題材とのバランス感覚がすぐれているように感じた。


雑音とノイズ

上映開始直後、配給会社などのロゴが次々に写されるなか、何やらブンッブンッと耳障りな音が聞こえてきて、やがてそれが蜂の羽音であることに気付く。ホラー映画の音響といえば欠かせないのが不協和音を含んだスコアだが、本作ではこのノイズの扱い方に強いこだわりを感じる。ノイズとは文字通り「雑音」だが、劇中の雑音とスコアは見事に同調していく。特に主人公・アンソニーが病院の渡り廊下を歩くシーンでは、屋根を強く打ちつける雨音と、メロディーがなくパーカッシブなスコアとを継ぎ目を感じないほどシンクロさせていた。


また度々聞こえるパトカーのサイレン音もまた、BLMという1つのテーマとの共振ももちろんだが、緊迫した場面で音楽は使わず、あえてサイレン音のみを小さく不穏に鳴らすという使い方が非常に印象的だった。

「悪意は伝染していく。」

一人のアーティストが、自身の作品の題材にとある凶悪事件を調査するうちに自分の心も徐々に邪悪さに侵食されてしまう、という本作の大まかなプロット。わたしは自分がFilmarksに書いた『キャラクター』の感想の文章を思い出した。

「悪意は伝染していく。」とは磯部涼の著作『令和元年のテロリズム』のキャッチコピーだが、本作のクライマックスではまさに菅田将暉にFukaseの悪意が取り憑いてしまう。

磯部涼氏は、誰もが経験したことのある「凄惨な事件について時間を忘れてウィキの記事を読みふけってしまう夜」についてこのポッドキャストで話しているが、『キャンディマン』のアンソニーも始めはそうした興味本位の事件の詮索に過ぎなかった。しかし事件の犯人とされるキャンディマンの影を自身と重ね合わせるようになっていく。鏡合わせになった時にアンソニーがキャンディマンと邂逅するシーンが繰り返されるだけでなく、彼の衣服が制作の絵具によってどんどん黒く染まり、身体は蜂に刺された毒によって侵されていくのも象徴的だ。



「ボルトカッターを持ってきて」

本作のポップ・ミュージック引用でもっとも印象的だったのは(Joy Divisionではなく)、アンソニーがアート批評家の家に招かれた際に(おそらくその場のレコードプレーヤーでかかっているという体裁で)流れるフィオナ・アップル“Shameika”だった。この曲が収録された昨年の『フェッチ・ザ・ボルト・カッターズ』が過去のトラウマや周囲との比較、レコード会社からの無理な要求といった外部からの束縛をテーマにしていることを踏まえると、この『キャンディマン』との間に共通点が見出せてくる(そういう意味では主人公より恋人のブリアナがフィオナかもしれない)。さらにいえばフィオナの『フェッチ〜』のタイトル曲はテレビシリーズ『ザ・フォール』で、少女が監禁された現場のドアを開けるために警視が発した「ボルトカッターを持ってきて」という台詞から着想しているという。『キャンディマン』には、ブリアナが監禁された部屋で(流石にボルトカッターではないけど)刃物で自身の拘束を解くシーンがある。この符合、なんだかゾクっとしませんか。
ほかには美術系学校のトイレのシーン、キャンディマンを呼び出そうとする女子学生たちに揶揄われるヘッドホンを付けた女の子、一瞬だけ映る彼女のリュックには「バッド・ブレインズ」の缶バッジが。メンバー全員が黒人なことで知られるハードコアバンドの引用は、センス冴えまくりである。


彼の名前を呼べ!

Say his name!(彼の名前を呼べ!)
Say his name!(彼の名前を呼べ!)
Say his name!(彼の名前を呼べ!)
ブラック・ライブス・マターのスローガンであるとともに、映画に繋げて連想するとデヴィッド・バーンのコンサート・フィルム『アメリカン・ユートピア』で披露された“Hell You Talmbout”(ジャネール・モネイのカバー)を思い出す。そこで叫ばれるのは白人警官によって命を奪われた黒人被害者の名前だが、『キャンディマン』のクライマックスではキャンディマンもまた、彼ら被害者の隣に名前を連ねることになる。ちなみに日本版キャッチコピーは「その名を5回唱えると死ぬ。」だが英語版は「Say it」だ。

「被害者は誰なのか」という、良くも悪くも今もっともアクチュアルな命題について、本作は抉るように鋭い問いを観客に問いかける。物語が円環のように繋がっているのは『アス』に似ているし、アンソニーやブリアナが最終的にはなにかしらの救いや解放がもたらされるという点では『ミッドサマー』と共通している。何百年にもわたって理不尽で不遇な運命を背負わされた黒人の感情が積み重なって生まれた、殺られても何度でも復活する、ヒッチコック『鳥』のごとくトライポフォビアが真っ青の蜂をビッシリ身に纏った黒褐色の肌を持つダークヒーローについての物語。(2396文字)

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