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ひろゆきを引用する大人

以前、仕事の出張で空港に行って、荷物チェックのゲートを通るための列に並んでいたときのこと。
混んでいたので周りには、多少イライラしている大人もいたのだが、その中に旅行客だろうか、子供2人連れの夫婦がいた。落ち着きのない子供と人混みに、両親は明らかにイライラしていて、特に父親は少し大きな声でぼやきを漏らしたりしていた。
僕は、ちょっといやな人の近くに並んでしまったなと思ったし、仮に自分に何か文句でも言ってこようものなら溜まらないので、できるだけ彼らの方には顔や体を向けずに、少し下を向いて並んでいた。
子供と父親の間で何往復か会話のやり取りが繰り返されたあと、父親は「それってあなたの感想ですよね?」と言った。もちろんそれは、インターネット起業家(英語版wikiにはそう書いてあった)のひろゆきの言葉である。
ひろゆきを、知らないことについて平気で嘘をつく有名人だと思っている僕は、衝撃を覚えた。一つは、そんな信頼できない人物による暴力的なフレーズを、小学校に上がったかどうかぐらいの年齢の子供との会話で使っていることに。もう一つは、テレビもYouTubeもあまり見ない自分が「インターネットの中の人」として認識していたひろゆきが、そこまでお茶の間的な支持を得ていることに、である。

もちろん、もしかしたらその父親が、僕とはちょっと違う社会規範を生きる「やばい人」なのかもしれないし、あるいは僕がそうなのかもしれない。
だけど、ひろゆきの弁論が論理的であるか? ひろゆきが自分の発言に責任をもっているか? ひろゆきの発言や倫理感が自分や子供の思想に悪影響を与えないか? 彼はそれらを彼なりのフィルターで精査していたのだろうか。そうではなく、ただ地上波のテレビで流れるのを漫然と受信し、オードリーのお笑いやCreepy Nutsの音楽みたいに無邪気に消費してしまうのだろうか。
そう考えるとちょっと怖くもなる。いつから大人は思考をやめてしまったのか。いつからメディアは嘘や暴論を放映するようになったのか。それともそれはずっと前からそうで、子供だった自分がそれに気づいていなかっただけなのか。

TikTokで少し前のバラエティ番組の切り抜き動画がよく流れてくる。それを見ていると、スタジオの大半を占めるおじさん出演者が女性タレントにヤバセクハラ質問をしていたり、芸能人が陰謀論めいたデマをさも雑学めいたような調子で話している様子が、ごく普通に映し出されている。
僕はもちろんぎょっとしてしまうし、今まで普通に生きてきたこの社会が、実は自分以外のほとんどの人間が異常な倫理観を持ったヤバ人間で構成されていたのではないかと疑ってしまう。因習村もののホラー映画のように、「普通」のヤバさに気づいてしまった僕は、二度と元の生活にはきっと戻れない。

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