見出し画像

日本にもあったらいいな、と思うエストニア のデジタル政策

「エストニアってIT最先端らしいね」
「日本でもデジタル庁ってのが創設されるらしいよ」

これまでも日本のメディアでエストニアが取り上げられると友人から連絡をもらうことがあったのですが、ここ数日で急にそれが増えました。

エストニアのIT技術が最先端かどうかは私にはわかりません。しかし、日常生活や役所手続きでのIT活用による利便性で言えば、日本はもちろん、私が去年まで住んでいたアメリカ・ニューヨークと比べても遥かに進んでいる気がします。トップ画(https://estonia.ee/enter/からのスクリーンショット)にもあるように、エストニアには2500を超えるデジタルサービスがあります(オンラインでできないのは結婚と離婚、家の売買のみです)。

日本政府はデジタル庁創設に向け、日々会合を行っているようです。政府が創設を目指すデジタル庁のイメージは下記のようなもので、国や自治体のシステムの統一、標準化、マイナンバーカードの普及、促進を進める目的があります。

スクリーンショット 2020-09-23 9.27.22

2020/09/23 読売新聞の記事より

日本の目指しているデジタル化のほとんどは、私の今住んでいるエストニアではすでに実現済みのものです。日本のマイナンバーカードに当たるエストニアのIDカードは高い普及率を誇り、その存在は形骸化せず、実生活に根ざしたものになっています。

電子認証(本人確認)とサインをデジタルに行うために必要なIDカードは、ほぼ100%の国民に普及。学校の85%がID情報にアクセスできる電子プラットフォームを活用し、確定申告の95%、法人設立手続きの98%、薬の処方の99%がオンラインで行われている。

「2019年、エストニアの電子IDはさらに進化する」より

私はエストニアに住みはじめてたった一年ですが、実際に経験した便利さやなぜデジタル化を進めることに意義があるのか、一般市民なりにまとめたいと思います。

エストニアの「電子政府」成功要因

エストニアではなぜ、「電子政府」が実現できたのでしょうか。

エストニアの「電子政府」の成功要因は大きく3つに分けられる。一つ目は歴史的背景、二つ目は地理的要因、そして三つ目は政府の推進方針である。

エストニアの「電子政府」を可能にした3つの成功要因」より

歴史的背景、地理的要因が気になる方は元記事をご覧ください。日本でのIT活用を考えるうえで、エストニアを見習うべきは3つ目の「政府の推進方針」だと考えます。

エストニア政府が掲げたキーワード ー「効率性」「透明性」

日本でマイナンバーカードを利用するにあたり、私自身の懸念事項は「自分の個人情報がしっかりと守られるのか?」「自分の情報が何に利用されるのか」です。

エストニア政府は、電子化の推進のために「効率性」に加え「透明性」こそが不可欠だと考えているようで、日本だと考えられないような情報が全てインターネットでアクセスできるようになっています。

着目すべきは透明性を最優先にしたデータのマネジメントとガバナンスを、法制度として確立したところにある。同国では政府の公文書はもちろん政治家の収入や個人献金額も全て公開されているため、国民はインターネットで簡単に閲覧することができる。公開出来ない場合は理由の明記が義務付けられており、行政による徹底した情報開示の姿勢をとっており、透明性が担保されている。

エストニアの「電子政府」を可能にした3つの成功要因」より

それに加え、例えば何らかの理由で自分の情報が閲覧された場合、その記録が残る仕組みになっています。

他にも、電子化の推進にあたり、公共情報法(Public Information Act)や個人データ保護法(Personal Data Protection Act)、電子署名法(Digital Signature Act)などが施行されている。

エストニアの「電子政府」を可能にした3つの成功要因」より

このように政府による徹底した情報開示の姿勢、透明性を保証する法整備が、日本の電子化やマイナンバー普及には不可欠だと考えられます。

私は2014年から海外に住んでいるため、マイナンバーカードを持っていませんが、今の状態では正直カードを持つことに積極的にはなれません。日本政府もまず、エストニア政府の姿勢を取り入れ、徹底した情報開示、個人情報に対する法整備を進める必要があるでしょう。もうすでに日本でも法整備が進められているのかもしれません。日本の法律との比較はこちらの記事をご覧ください。

一度聞いた情報は二度求めない、ワンス・オンリーの原則

私がエストニアで住むなかで、いいなと思った方針に「ワンス・オンリー」の原則があります。これは、一度提出した情報は二度以上聞かない、というもので、何か役所で資料を手に入れるのに何度も何度も氏名や住所など個人情報を提出する必要がない、ということです。

例えば、私はエストニアでビザをとりIDカードを取得しました。住所変更をする際に、自分の名前や現住所、家族の情報を新たに提出する必要はありません。すでにデータベースにあるからです。私がしなければならないのは、新しい住所を提出することだけです。また、病院で診療を受ける際、問診票を記入する必要はありません。医者は必要な情報(氏名や住所、既往歴、服用している薬など)をデータベースにアクセスし入手します。何ならインターネットを契約するときでさえ、住所や氏名は記入しなかった気がします。

私がすでに提出している情報に関しては二度以上求めない。これがワンス・オンリーの原則です。日本がデジタル政策を進める上で、この原則はぜひ取り入れて欲しいと思います。少し前に話題になった国勢調査も、デジタル化が進めばそれ自体必要なくなるかもしれません。

IDカードを持っていることによるインセンティブ

個人情報保護や政府の透明性を実現し、システム構築を完了したとしましょう。次に政府が行うべきは、「マイナンバーカードを持っているとこんなにいいことがある」制度の整備と広報活動です。私が勉強不足なだけだと思うのですが、今のままではマイナンバーカードを持っているとどんないいことがあるのか、いまいち伝わってきません。エストニアで生活していてこれはIDカードを持った方が便利、お得だなと思うことが多々あるので紹介します。

公共交通機関が無料・もしくは大幅割引になる

私が今住んでいる首都・タリン市では、タリン市民は公共交通機関が全て無料で利用できます。ですがそのために、電車・バスに乗るためのスマートカード(PASMOやSuicaのようなもの)とIDカードを同期させる必要があります。そうしない場合、1時間1.5ユーロ(約184円)の運賃が取られます。また、第二の都市、タルトゥでは無料にはならないものの、タルトゥ市民は割引になります。これは、IDカードを持つこと、さらにはしっかりと住民登録を行うことのインセンティブになっていると思います。エストニアの公共交通機関についてもっと知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
世界初、エストニアが公共交通機関の無料化を全国拡大へ。壮大な社会実験の期待できる効果は?【連載:電子国家エストニア】

本当はダメなことなのですが、私は大学生のとき住民票を地元から移すことなく東京に住んでいました。役所に行くのが面倒だったからです。もし、日本でもこのように市に住民登録している人は公共交通機関は割引などのインセンティブがあれば住民票を移していたかもしれません。

オンラインで住所変更ができる

よし、公共交通機関をお得に利用したいから住所変更するぞ!でも市役所に行くのが面倒だな。平日の昼しかやっていないし、有給を取らないといけないな……。いまだとコロナもあるし面倒だな。

エストニアでは、住所変更が全てオンラインで完結します。また、自分の名前や現住所、家族情報を記入する必要はありません。住所変更に関してはこちらのnoteに詳しく書きましたので参考にしてみてください。

子どもの健康保険料が「手続きなし」で無料

エストニアに住むようになり、驚いたことは19歳未満の子どもの保険料が無料であることです。しかも、そのために必要な手続きはありません。IDカードを取得し、自分の情報をデータベースで確認したところ、何も手続きをしなくても勝手に息子のステイタスがInsured(保険適用)になっていて驚きました。加えて、妊娠している女性の保険料も無料です(こちらは手続きが必要)子どもが生まれるたびにお金がもらえたり、人口の少ないエストニアでは様々な子育てしやすい制度があります。日本でも不妊治療が保険適用になるよう進められているようで嬉しい限りです。ですが、各種手当てを受けるために手続きが必要だったり、適用される人でも情報を知らなかったりと様々な問題があります。もしマイナンバーカードをしっかり登録すれば、子どもの健康保険料が手続きなしで無料、などのインセンティブがあれば、みなさん積極的にカードを持つようになると思いますし、子どもが欲しいなと思っている方の後押しになるかもしれません。

IDカードだけで医者から処方された薬を入手できる

先日、息子の風邪(鼻水、咳)がなかなか治らず、初めて病院に行きました。息子の健康保険料は無料、診療にもお金はかかりません。電話やメールでかかりつけのお医者さんにアポイントをとり、予約した時間に病院に行きます。そこで驚いたのが、問診票を書かなくていいこと。日本では新しい病院に行く度に、問診票に自分の名前や住所など基本情報を記入していた気がします。それはかかりつけ医に登録した時点で共有している情報なので、再提出は必要ない仕組みになっています。また、処方箋が電子化されていて、それを受け取る手間がないことも便利だな、と思いました。IDカードが保険証がわりになっています。

日本で治療を受けた際は、
お医者さんが処方箋を書く
→窓口で待って処方箋をもらう
→処方箋を持って薬局に行く
→薬局で待つ
→お薬手帳と共に薬を購入
→お薬手帳をなくすもしくは病院に行くときに持参しない
→過去にもらった薬を覚えていない
というパターンでした(私がズボラなだけかもしれません)。

ですが、エストニアでは
お医者さん(看護師さん)が処方箋をデータベースに入力
→こんなお薬出しましたよ、と教えてもらう
→手ぶらで薬局に行く
→IDカードを提示する
→(今回は子どものための処方だったので親のIDカードも見せる)
→薬剤師がデータベースにアクセスしお薬を出してくれる(待ち時間なし)
→購入(処方箋情報はデータベースにアクセスすれば見れるので、なくす心配なし)

処方箋の紙もお薬手帳も無駄にならず、とても便利でした。

ひとつ、日本とエストニアの医療制度で違うのは、日本はどの病院に行っても良いのに対し、エストニアではかかりつけ医に診療してもらった後に専門医に見てもらう仕組みになっていることです。その点では日本の方が国民にとっては自由に病院を選べるので便利かもしれません。その一方、情報がバラバラになりやすくその都度個人情報の記入が必要になるため、その手間をなくす意味で医療の電子化は日本の方がより効果を発揮しそうです。電子化されていれば紹介状の発行もより便利になるでしょう。母子手帳も必要なくなるかもしれません。

公立保育園が無料、私立保育園も割引、申し込みは全てオンラインで

エストニアで便利だな、と思ったのが保育園の申込み手続きです。例えば、タリン市以外の保育園や幼稚園の申し込みは公立私立ともにArnoという名前のシステムから行います。

タルトゥ市では3歳以上向けの公立幼稚園保育園しかありません(公立は無料)。ですので、1歳や2歳の子を預けたい場合は私立の保育園を探すしかありません。タルトゥ市では、住所登録をしていれば私立でも一ヶ月およそ75ユーロから81ユーロ(場所による)で子どもを保育園に預けることができます。これは必ず住所登録をしますよね。

下記の表はとある保育園の料金表です。左側が住民登録をしなかった場合(5日間預けると月425ユーロ)の、右側が住民登録をしていた場合(5日間預けると月75ユーロ)の保育料です。かなり大きな差があることがわかります。

スクリーンショット 2020-09-25 10.32.40

Arnoシステムには(エストニア語ですが)保育園の情報が掲載されていると同時にこちらからフォームに入力することで申し込みができます。

タリン市では、また別の申し込みシステムがあり、同じようにオンラインで申し込みが完結します。タリン市に住民登録をしていれば保育料は無料です。私立の保育園幼稚園も、住民登録をしていれば月に187ユーロの補助を受けることができます(こちらは申し込みが必要ですが、全てオンラインで手続き可能)。

以前、エストニアでの保育園の申し込みがオンラインで完結した旨つぶやいたところ、こんなツイートをいただきました。

日本ではまだまだ手書きの書類記入が多く大変そうです。ですが、こんなコメントも!日本でも早くオンラインで完結が実現するといいですね。

エストニアではハンコは博物館の展示物

突然ですが、みなさんこちら何の写真だと思いますか?

画像3

そうです、こちらはエストニアのハンコです。エストニアにもハンコはあったんですねー。

では、この写真はどこで撮られたものだと思いますか?
実はこれ、エストニア国立博物館の展示物なんです。つまりエストニアではハンコはもう過去のものとなっているということです。

保育園のツイートでもお伝えしたように、何か契約を交わすとき、エストニアではごく自然に電子署名が用いられています。私がこれまでに交わした電子署名だけでも、マンションの賃貸契約、保育園との契約、補助金申請の書面などなど多々あります。

電子署名の手順はこうです。

Eメールで契約書が送られてくる
→それをクリックしIDカード(私はスマートIDを利用)でログイン
→完了

何の書類にサインしたかはデータベースにアクセスすればすぐに閲覧できます。

先日、河野行革相が「ハンコ、すぐになくしたい」と発言したことが話題になりました。ぜひ、進めていただきたいです。今回のコロナ禍のなか、ハンコ捺印必須のため出社を余儀なくされている友人が多数いました。

ハンコは、文化的に抹殺する必要はないと思います。ですが、必須にする必要もないと思います。そもそもデジタル化すれば、代理提出さえ必要なくなるでしょう。代理承認がどうしても必要な場合は、その人も決済者に含めた方がいいかもしれません。

まずは、ハンコ「必須」をなくしましょう。

スーパー、薬局、レストラン、スポーツショップで割引

こちらは完全におまけなんですが、IDカードがスーパーや薬局でのポイントカードになります(店による)。また、レストランやカフェ、物を買うときに、IDカードを持っていると5-10%割引されます。これは何故なのかよくわからないのですが(IDカードを提示することにより、マーケティングに役立てたり経済効果を測定しているのかもしれません)、普通のお店でもIDカードによる割引がある、となるとますます持ちたくなってしまいますよね。

その他のデジタル活用

ここには書ききれませんでしたが、確定申告や会社設立が非常にシンプルで簡単だったり、教育にデジタルが上手に組み込まれていたり、とエストニアはIT活用という点では世界一かもしれません。もっと詳しく知りたい方は、こちらの資料を参考にしてみてください。

まとめ

政府が情報開示、透明性をはっきりと示す
個人情報保護やデジタル化に関する法整備を行う
基幹システムの開発
マイナンバーカードへのインセンティブ設計と広報活動
新しい法整備とデジタル政策をセットにする

日本だからこそ、デジタル政策が可能

海外に住むようになりますます思うようになったことなのですが、日本はまだまだ伸び代のあるポテンシャルの高い国です。世界でもこんなに識字率が高く(99%)、公共教育のレベルが高く、真面目な国民性は稀有です。世界的に見ても、高い技術を持ったエンジニア、デザイナーなど日本は人材の宝庫です。あとは、政府が法整備や設備投資を行い、国民がしっかりその波に乗るだけだと言えるかもしれません。

エストニアは人口130万人の小国だからデジタル化できた、という人もいます。ですが、人口1億2000万人の日本で実現できたら最高じゃないですか?一気に進めるのは難しいかもしれませんが、引き続きエストニアの情報を発進しながら日本のデジタル政策を応援していきたいと思います。

良いと思った方はシェアしていただけたら嬉しいです!