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自分も人も大切にする

今週は、私たちの約束「自分も人も大切にする」ってどういうことかな?ってたくさん考えた一週間でした。

同じことを伝えるのでも、言い方によってキツくなったりするのかな?
人によっては普通のやり取りでも、
人によっては傷ついたりもする。

キツくならないように言えたらいいけど、
自分にとってはそれが普通の会話だから難しい。
とAちゃん

傷ついた!って言えたらいいけど、
ちょっと言えないよ。
とBちゃん

しょぼんとしたと思ったら謝ったら?とほかの子。

しょぼんとしたって気づかないときもあるし、
なんでそれくらいですねるの?と理解できないときもある。
とAちゃんの正直な気持ち。
傷ついた子をスタッフがフォローしにいったら、
そっちの味方になったって思って嫌だったよ!とも。

そうかー、そうだよな。ごめん。とスタッフ。
(私の未熟さは申し訳ないけれど、これが教えてもらえる関係でよかった!)

大人が入ると味方みたいになるなら、他の子が入ったら?
今の傷ついたんちゃう?って声を掛けたり、
傷ついたよって言ってもらうのもいいのかも!
とほかの子たちのアドバイス。

でもそもそも、すねたら終わりってもんじゃないやろとAちゃん。すねるからってBちゃんの意見ばかりにみんなが合わせるのはおかしいやろう。

確かに。

私は前、中あてがしたかったけど、Bちゃんが中あては嫌だっていって、
大繩ならいいよってなったとき、あー中あては今日はできないんだなって思ったよ。とAちゃん。

本当は譲りたくないのに譲ったから、あなたも譲りなよって腹が立ったのかな?
私は別に大繩でもどっちでもいいやって思ったよ。とほかの子。

他にも、Bちゃんの意見で決まることが多い気がしてた。学校で遊んでる時とかは、嫌やったらやめたら?って言われていつも我慢するのが普通やったから、Bちゃんも我慢したほうがいいって思った。とAちゃん。

そうかー。私も周りの人にそんな風にたくさん言われてきたら、そんな風に言っちゃうかもなぁ。とほかの子。

話しても、話しても、答えはわかりませんでした。

でもこの喧嘩って、だれも悪くないよなと周りの子どもたち。

私個人としては、大人としてまだまだ成長しななぁと反省することはたくさんでしたが^^;

子どもたちの中では、どちらにも譲れない気持ちがあるんだなって、分かるこの対話がとっても大切なのかなーと思いました。

みんなの意見がいつも一致するわけではなくて、
新しいアイデアが出たり、だれかが譲ったりして折り合いがついていく。

譲れる範囲は、人によって狭さが違う。

どうしても嫌な範囲が、ものすごーく広い人もいれば、狭い人もいる。

譲りたくないのに譲ったら、自分を大切にしていないし
相手が嫌なのに無理に合わせさせたら、相手を大切にしていない。

自分も人も大切にするって難しいね。

難しいけど、こういう時間の積み重ねは、きっとこの子たちがつくる素敵な未来の社会につながっていくんだろうな~と思いました。

話が飛躍するけれど、国や宗教の間の争いも、これがうまくできないから起こるんだもんな。
社会のどんな人もとりのこさず幸せになろうと思ったら、
みんなの納得解を一つ一つ話し合って重ねていくしかないもんなぁ。

今日も共に生きることを全力で学んでいる子どもたちの一コマでした。



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