児童ポルノブロッキングの正当性(09年法的問題検討SWG)

【概要】


児童ポルノというのが社会問題化したのはここ10年の話である。振り返れば児童ポルノに関する法律が最初に日本で出来たのは1998年のことであるが、そのきっかけは1996年にストックホルムで開催された「第1回児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」で世界から非難を受けたことにある。日本人によるアジアでの児童買春やヨーロッパ諸国で流通している児童ポルノの8割が日本製と指摘され厳しい批判にあったことに加え、当時の日本では援助交際が社会問題化していた。日本はこの分野では後進国であった。ちょうど10年前に児童ポルノの法律厳格化が議論された時、宮沢りえのヌード写真集も児童ポルノになるとかならない、とか話題になったので記憶に残っている方も少なくないかもしれない。この例からもPornographyそのものとchild pornographyが混在していた当時の日本の状況が伺える。
さて、今回取り上げるのは、同じころ児童ポルノサイトに対してインターネットプロバイダーがブロッキングをすることが法令上問題ないのかについて、安心ネット作り促進協議会の児童ポルノ作業部会下の法的問題サブワーキンググループがまとめた報告書である。
https://www.good-net.jp/files/original/201711012219018083684.pdf#search=%27%E6%B3%95%E7%9A%84%E5%95%8F%E9%A1%8C%E6%A4%9C%E8%A8%8E%27
ちなみにこの報告書は2018年に、「漫画村」等の海賊版サイトを取り締まることを決定した首相官邸犯罪対策閣僚会議「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策」の中でも参照されているものだ。

【青少年に関するいくつかの法律】


本報告書は冒頭で同意をなく遮断するブロッキングと、同意を得て遮断するフィルタリングを分けて議論している。

ブロッキングとは、ユーザがあるウェブサイトを閲覧しようとする場合に、当該ユーザにインターネットアクセスを提供するISP等が、ユーザの同意を得ることなく、児童ポルノサイト等予め決められた一定のサイトへのアクセスに係るホスト名、IPアドレスないしURLを検知し、そのアクセスを遮断する措置をいう。こうした措置は、通常は個々のユーザの同意を得たうえで行われるものであり、一般にはフィルタリングと呼ばれ、オプションサービスとして実施しているISPも存在する。いわゆるブロッキングと従来行われているフィルタリングとの相違は、基本的には、ユーザの同意を得て行うものかどうか、すなわち強制の有無であり、ブロッキングは強制フィルタリングと言い換えてもよい。(P1)

同意を得て遮断する方法、例えばこれはアダルトサイトを18歳未満は閲覧できない様にする等が代表的な例である。これは別に「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律」、通称青少年インターネット環境整備法という法律が存在する。

青少年インターネット環境整備法
第一条 この法律は、インターネットにおいて青少年有害情報が多く流通している状況にかんがみ、青少年のインターネットを適切に活用する能力の習得に必要な措置を講ずるとともに、青少年有害情報フィルタリングソフトウェアの性能の向上及び利用の普及その他の青少年がインターネットを利用して青少年有害情報を閲覧する機会をできるだけ少なくするための措置等を講ずることにより、青少年が安全に安心してインターネットを利用できるようにして、青少年の権利の擁護に資することを目的とする。
第二条 この法律において「青少年」とは、十八歳に満たない者をいう。
2 この法律において「保護者」とは、親権を行う者若しくは後見人又はこれらに準ずる者をいう。
3 この法律において「青少年有害情報」とは、インターネットを利用して公衆の閲覧(視聴を含む。以下同じ。)に供されている情報であって青少年の健全な成長を著しく阻害するものをいう。
4 前項の青少年有害情報を例示すると、次のとおりである。
一 犯罪若しくは刑罰法令に触れる行為を直接的かつ明示的に請け負い、仲介し、若しくは誘引し、又は自殺を直接的かつ明示的に誘引する情報
二 人の性行為又は性器等のわいせつな描写その他の著しく性欲を興奮させ又は刺激する情報
三 殺人、処刑、虐待等の場面の陰惨な描写その他の著しく残虐な内容の情報
第三条 青少年が安全に安心してインターネットを利用できるようにするための施策は、青少年自らが、主体的に情報通信機器を使い、インターネットにおいて流通する情報を適切に取捨選択して利用するとともに、適切にインターネットによる情報発信を行う能力(以下「インターネットを適切に活用する能力」という。)を習得することを旨として行われなければならない。
2 青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備に関する施策の推進は、青少年有害情報フィルタリングソフトウェアの性能の向上及び利用の普及、青少年のインターネットの利用に関係する事業を行う者による青少年が青少年有害情報の閲覧をすることを防止するための措置等により、青少年がインターネットを利用して青少年有害情報の閲覧をする機会をできるだけ少なくすることを旨として行われなければならない。
3 青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備に関する施策の推進は、自由な表現活動の重要性及び多様な主体が世界に向け多様な表現活動を行うことができるインターネットの特性に配慮し、民間における自主的かつ主体的な取組が大きな役割を担い、国及び地方公共団体はこれを尊重することを旨として行われなければならない

青少年が安全にインターネットを使える様に、わいせつ画像を含む「青少年有害情報」は民間のインターネットプロバイダーの自助努力によって、閲覧の機会を少なくすべく努力しなければならない、これがいわゆるフィルタリングである。

もちろん、この「有害情報」に対する規制の在り方についても、憲法21条表現の自由との間に微妙な緊張関係が常に存在している。思い返せばこの法律が誕生する前の2000年初め、少年犯罪の増加のきっかけはゲームや漫画・アニメの影響によるところが大きいとして自民党主導で「青少年有害社会環境対策基本法案」が出された時、世間の猛反発を受けて結局法制化には至らなかった。

ただ、今回の対象となっている児童ポルノは少し毛色が異なる整理である。「児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」、通称児童ポルノ行為規制法の条文構成を先に見ておこう。

児童ポルノ行為規制法
第一条 この法律は、児童に対する性的搾取及び性的虐待が児童の権利を著しく侵害することの重大性に鑑み、あわせて児童の権利の擁護に関する国際的動向を踏まえ、児童買春、児童ポルノに係る行為等を規制し、及びこれらの行為等を処罰するとともに、これらの行為等により心身に有害な影響を受けた児童の保護のための措置等を定めることにより、児童の権利を擁護することを目的とする。
第二条 この法律において「児童」とは、十八歳に満たない者をいう。
2 この法律において「児童買春」とは、次の各号に掲げる者に対し、対償を供与し、又はその供与の約束をして、当該児童に対し、性交等(性交若しくは性交類似行為をし、又は自己の性的好奇心を満たす目的で、児童の性器等(性器、肛門又は乳首をいう。以下同じ。)を触り、若しくは児童に自己の性器等を触らせることをいう。以下同じ。)をすることをいう。
一 児童
二 児童に対する性交等の周旋をした者
三 児童の保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう。以下同じ。)又は児童をその支配下に置いている者
3 この法律において「児童ポルノ」とは、写真、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に係る記録媒体その他の物であって、次の各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したものをいう。
一 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態
二 他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの
三 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部、臀でん 部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり、かつ、性欲を興奮させ又は刺激するもの
第三条 この法律の適用に当たっては、学術研究、文化芸術活動、報道等に関する国民の権利及び自由を不当に侵害しないように留意し、児童に対する性的搾取及び性的虐待から児童を保護しその権利を擁護するとの本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用するようなことがあってはならない。

「児童に対する性的搾取及び性的虐待から児童を保護しその権利を擁護する」ことこそがこの法律の目的である、と何度も唄っているのがよく分かる。つまり、この法令の主軸はポルノの出演者に児童がなることを想定しているのであり、見る側の話ではない。

【条文】


それを前提に、児童に対する性的搾取及び性的虐待から児童を保護しその権利を擁護するために、児童ポルノを掲載するサイトを当人の同意なくブロッキングすることが憲法の保障する通信の秘密を侵さないかが論点となった。

憲法
第二十一条 
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
○2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

電気通信事業法
第4条 電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。

報告書はこの点、ブロッキングは通信の秘密の侵害に当たるとしている。

ウェブサイトの閲覧においては、閲覧のためのアクセスに係るホスト名、IPアドレスないしURLは、いずれも通信の内容ないし通信の構成要素として通信の秘密の保護の対象となる。そして、ブロッキングは、アクセスの途中、すなわち電気通信事業者の取扱中にかかる通信について、ISPにおいて、一定のサイトへのアクセスに係るホスト名、IPアドレスないしURLを検知・遮断する行為であるから、当該サイトへのアクセスを要求している通信当事者の意思に反して通信の秘密の 構成要素等を「知得」し、かつ、利用すなわち「窃用」するものであり、通信の秘密の侵害となる(P4)

その上で、違法性阻却を検討する形を取っている。

刑法
第三十五条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない
第三十六条 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
第三十七条 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。

【報告書の結論】


本報告書では、前二条(正当業務行為・正当防衛)で整理するのは難しいとして、37条、いわゆる緊急避難で正当性を整理している。一般的に、緊急避難においては、
(1)自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難があること(現在の危難の存在)
(2)危難を避けるためにやむを得ずにした行為であること(補充性)
(3)避難行為から生じた害が避けようとした害の程度を超えなかったこと(法益の権衡)
の三つの条件が求められるが、これにつき、それを満たす(だろう)と結論付けている。やや苦しい部分は残るが、以下に抜粋しておこう。

(1) の現在の危難の存在については、


児童ポルノがウェブ上において流通し得る状態に置かれた段階で、当該児童の心身とその健全な成長への重大な影響が生ずるとともに、本来性欲の対象とされるべきでない段階で自己の意思に反して性欲の対象にされた性的虐待画像が公開されることにより特に保護を要する人格的利益に対する侵害が生じているものといえ(なお、以下では、これらの侵害されている諸利益につき、併せて「児童の権利等」という。)客観的に危難の存在を肯定することができる(P16)
(2) 補充性については、
このうち、ウェブ上に児童ポルノを流通させた者を検挙することは、もっとも侵害性の少ない手段ということができる。インターネット上での児童ポルノ流通につき最終的に責任を負うべき者は流通させた者であり、これを検挙しない限り新たな児童ポルノが流通する可能性もあるため、こうした者を児童ポルノ公然陳列罪で検挙して厳正に法執行することこそが最も重要かつ抜本的な対策である。検挙された旨の報道がなされることにより、類似のサイトが閉鎖されるという事態も珍しいことではなく、強力な予防効果が期待できるという意味でも検挙は有効である。もっとも、ウェブ上での児童ポルノ流通による児童の権利等に対する侵害の防止という観点からは、検挙とは別に、現にウェブ上で流通する児童ポルノへの対策も検討する必要があるところ、個別の児童ポルノ画像を削除するという手法は、通信の秘密の侵害という問題がなく、ブロッキングに比べて侵害性が低い手法であることから、より適切なものと言える。児童ポルノを当該情報が蔵置されているサーバから削除すれば何人も閲覧できなくなることから、削除はより効果的な対策とも言える。
このように、検挙及び削除は、ブロッキングと比べてより侵害性が少なく、効果の面からみてもより適切な手段ということができるから、これらの手段を採ることにつき容易性・実効性が認められない場合にのみ、ブロッキングについて補充性が認められると考えられる。(P18)
最後に、(3)法益の権衡については、
ブロッキングによって侵害される法益は、通信の秘密であり、他方、ブロッキングによって守られる法益は、児童の権利等であり、身体法益や自由法益と位置づけることができる。前記のように通信の秘密は厳格に保護されるべき法益であるから、安易な比較衡量は許されないものの、一般に、児童ポルノの被写体となった児童が受ける侵害は重大かつ深刻であり、児童ポルノがウェブ上において広く多数人の目にさらされている状態は、生命又は身体に対する重大な危険に比肩するものといい得ることに鑑みれば、質的には少なくとも財産への危険と比して法益権衡の要件を満たす余地は相当あると考えられる。
(中略)
(もっとも・・・)どこまでが法益権衡の要件を満たすのか、明確な線引きは困難である。通信の秘密の法益としての重大性に鑑みれば、できる限り謙抑的な運用が望ましく、その意味では、画像の内容が著しく児童の権利等を侵害するものであるか否かというのが一つの基準になるのではないか。(P19)

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