よど号ハイジャック記事黒塗り(S58/6/22)

【概要】


訴えたのは東京地方裁判所に起訴され、東京拘置所に勾留、収容された若者8人。この時期というのは暴徒化も含めて若者の政治運動が非常に盛んだった時期で、8人の逮捕容疑は各々に、昭和44年10月21日のいわゆる国際反戦デー闘争による公務執行妨害等、または11月16日のいわゆる佐藤訪米阻止闘争による公務執行妨害等だった。彼らは、この拘置所において私費で読売新聞を定期講読していたところ、同新聞の昭和45年3月31日付夕刊から同年4月2日付朝刊までの4紙につき、紙面の大部分を墨で真黒に塗りつぶした判読不可能なものを配付された。この黒塗り部分には、3月31日、羽田空港発板付空港行きの日本航空351便(ボーイング727-89型機、愛称「よど号」)が赤軍派を名乗る9人(以下、犯人グループ)によってハイジャックされた、日本最初のハイジャック事件、いわゆる「よど号ハイジャック事件」について書かれていた。そこで、未決勾留によって拘禁された者に対する新聞紙の閲読の自由を制限しうる旨定めた監獄法三一条二項、監獄法施行規則八六条一項の各規定等は思想及び良心の自由を保障した憲法一九条並びに表現の自由を保障した憲法二一条の各規定に違反し無効である、という訴えが起こされたものである。

【条文】


今回の焦点となったのは監獄法である。これは、刑事施設における被収容者の処遇について定めていた法律で現在は「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」に変わっているが、当時の条文によれば、
第三十一条
1 在監者文書、図画ノ閲読ヲ請フトキハ之ヲ許ス
2 文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム

となっており、この31条2項の「制限」についての定めは、

監獄法施行規則
第86条  文書図画の閲読は拘禁の目的に反せず且つ監獄の紀律に害なきものに限り之を許す
○2 文書図画多数其他の事由に因り監獄の取扱に著しく困難を来たす虞あるときは其種類又は箇数を制限することを得

とある。
未決勾留とは、犯罪容疑で逮捕されて判決が確定するまで刑事施設に勾留されている状態のことだ。そうした勾留者に対して拘置所が勝手に黒塗りを行い、情報遮断を行うのは憲法の思想良心の自由・表現の自由の精神に照らして違法だ、というのが今回のロジックである。
憲法
第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

【東京拘置所の反論】

確かに8人の若者の罪状に当たる事件とよど号ハイジャック事件は関係なさそうに見えるが、当時は赤軍派の様な武力集団が跋扈しており、日々日本のどこで何が起こるか分からない緊張の時代だった。その背景を理解するために、地裁判決を下に少し当時の状況を追っておきたい。
刑務所などの矯正施設の管理監督を行う法務省の内部部局が「矯正局」であり、その地方支部に当たるのが「矯正管区」だ。事件当日の3月31日、東京矯正管区を通じて「過激な集団暴力行為による刑事被告人を収容する施設においては、万一に備え警備を厳にするとともに、収容中の者の動揺、騒じようを防ぐため購読させる新聞紙、その他の報道の内容についても充分留意し適切な措置をとるべき」旨の矯正局長の指示が出されていた。
当時拘置所には1695名が在監していたが、このうち318名は、原告らも含めて、昭和43年頃から同45年にかけて発生したいわゆる過激派集団による一連の暴力的闘争に関連して検挙された公安事件関係者であつた。つまり、約5人に1人が公共の安全・秩序を乱した罪で捕まっていたことになる。これらの公安事件関係在監者は、拘置所内において、獄中闘争とか同志連帯の確認などと称し、拘置所内の処遇等に関する事項であると拘置所外のできごとであると問わず刺激的なニユースに接したときは、多数の者が大声を発し、シユプレヒコール、インター合唱、拍手、房扉、房壁の乱打、ハンスト、点検、出還房の拒否等をして、所内秩序のかく乱をはかるのみならず、処遇上のさ細な問題をとらえて、ことさら職員の指示に反抗することが多く、その中には暴力的行為に出る者も少なくなかった、という。また、公安事件関係在監者に対する拘置所外部からの働きかけも活発で、拘置所周辺における「監獄法撤廃」「獄中弾圧反対」「不当勾留反対」等を叫ぶデモおよびマイクによる呼びかけのほか、獄中と獄外との連携をあおるパンフレツトあるいは前記のごとき所内における闘争的行動についてこれを賞賛する文書の差入も多く、なかには獄内外において反乱をおこし東京拘置所を日本のバスチーユにしようとか、獄中被告を実力で奪還しようとの呼びかけもあり、昭和44年10月18日には数名の者が棒、火炎ビン等をもつて所内に乱入した事件も発生した。以上のとおり当時の同所の保安状況は容易ならざるものがあつたので、同所内の秩序を維持し、未決勾留制度を適正に保持するについては十分配慮する必要があつた。そのため、拘置所内外の警備を厳重にするだけでなく、在監者の発受する信書、文書図画の検閲を慎重に行い、拘禁の目的に反し、監獄の規律に有害な文書図画の閲読を規制する必要性が大きかつた。

【判決】


およそそういった時代背景もあったのかもしれないが、本件は一審から最高裁まで特に異論なく、本件処分は合法という結論で一貫した。

(判決文)
本件において問題とされているのは、東京拘置所長のした本件新聞記事抹消処分による上告人らの新聞紙閲読の自由の制限が憲法に違反するかどうか、ということである。そこで検討するのに、およそ各人が、自由に、さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会をもつことは、その者が個人として自己の思想及び人格を形成・発展させ、社会生活の中にこれを反映させていくうえにおいて欠くことのできないものであり、また、民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流の確保という基本的原理を真に実効あるものたらしめるためにも、必要なところである。それゆえ、これらの意見、知識、情報の伝達の媒体である新聞紙、図書等の閲読の自由が憲法上保障されるべきことは、思想及び良心の自由の不可侵を定めた憲法一九条の規定や、表現の自由を保障した憲法二一条の規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれるところであり、また、すべて国民は個人として尊重される旨を定めた憲法一三条の規定の趣旨に沿うゆえんでもあると考えられる。しかしながら、このような閲読の自由は、生活のさまざまな場面にわたり、極めて広い範囲に及ぶものであつて、もとより上告人らの主張するようにその制限が絶対に許されないものとすることはできず、それぞれの場面において、これに優越する公共の利益のための必要から、一定の合理的制限を受けることがあることもやむをえないものといわなければならない。そしてこのことは、閲読の対象が新聞紙である場合でも例外ではない。この見地に立つて考えると、本件におけるように、未決勾留により監獄に拘禁されている者の新聞紙、図書等の閲読の自由についても、逃亡及び罪証隠滅の防止という勾留の目的のためのほか、前記のような監獄内の規律及び秩序の維持のために必要とされる場合にも、一定の制限を加えられることはやむをえないものとして承認しなければならない。しかしながら、未決勾留は、前記刑事司法上の目的のために必要やむをえない措置として一定の範囲で個人の自由を拘束するものであり、他方、これにより拘禁される者は、当該拘禁関係に伴う制約の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保障されるべき者であるから、監獄内の規律及び秩序の維持のためにこれら被拘禁者の新聞紙、図書等の閲読の自由を制限する場合においても、それは、右の目的を達するために真に必要と認められる限度にとどめられるべきものである。したがつて、右の制限が許されるためには、当該閲読を許すことにより右の規律及び秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、被拘禁者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況、当該新聞紙、図書等の内容その他の具体的事情のもとにおいて、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であり、かつ、その場合においても、右の制限の程度は、右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものと解するのが相当である。ところで、監獄法三一条二項は、在監者に対する文書、図画の閲読の自由を制限することができる旨を定めるとともに、制限の具体的内容を命令に委任し、これに基づき監獄法施行規則八六条一項はその制限の要件を定め、更に所論の法務大臣訓令及び法務省矯正局長依命通達は、制限の範囲、方法を定めている。これらの規定を通覧すると、その文言上はかなりゆるやかな要件のもとで制限を可能としているようにみられるけれども、上に述べた要件及び範囲内でのみ閲読の制限を許す旨を定めたものと解するのが相当であり、かつ、そう解することも可能であるから、右法令等は、憲法に違反するものではないとしてその効力を承認することができるというべきである。

 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。そして、具体的場合における前記法令等の適用にあたり、当該新聞紙、図書等の閲読を許すことによつて監獄内における規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が存するかどうか、及びこれを防止するためにどのような内容、程度の制限措置が必要と認められるかについては、監獄内の実情に通暁し、直接その衝にあたる監獄の長による個個の場合の具体的状況のもとにおける裁量的判断にまつべき点が少なくないから、障害発生の相当の蓋然性があるとした長の認定に合理的な根拠があり、その防止のために当該制限措置が必要であるとした判断に合理性が認められる限り、長の右措置は適法として是認すべきものと解するのが相当である。これを本件についてみると、前記事実関係、殊に本件新聞記事抹消処分当時までの間においていわゆる公安事件関係の被拘禁者らによる東京拘置所内の規律及び秩序に対するかなり激しい侵害行為が相当頻繁に行われていた状況に加えて、本件抹消処分に係る各新聞記事がいずれもいわゆる赤軍派学生によつて敢行された航空機乗つ取り事件に関するものであること等の事情に照らすと、東京拘置所長において、公安事件関係の被告人として拘禁されていた上告人らに対し本件各新聞記事の閲読を許した場合には、拘置所内の静穏が攪乱され、所内の規律及び秩序の維持に放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があるものとしたことには合理的な根拠があり、また、右の障害発生を防止するために必要であるとして右乗つ取り事件に関する各新聞記事の全部を原認定の期間抹消する措置をとつたことについても、当時の状況のもとにおいては、必要とされる制限の内容及び程度についての同所長の判断に裁量権の逸脱又は濫用の違法があつたとすることはできないものというべきである。

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