国歌起立斉唱強制事件(H23/5/30)

【概要】


話は君が代伴奏拒否訴訟 https://note.mu/shizulca/n/n8ef6c94cbdf5 に似ているが、今回は国歌斉唱の際に先生が起立をしなかった、というもの。
正確には、都立高等学校の教諭であった上告人が,卒業式における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを命ずる旨の校長の職務命令に従わず,上記国歌斉唱の際に起立しなかったところ,その後,定年退職に先立ち申し込んだ非常勤の嘱託員及び常時勤務を要する職又は短時間勤務の職の採用選考において,東京都教育委員会から,上記不起立行為が職務命令違反等に当たることを理由に不合格とされた。この不合格の判断が違法として損害賠償を求めた事案。一審は請求を認めたが、最高裁はこれを認めなかった。

【条文】

以下、君が代伴奏拒否訴訟と似た中身なので重複する部分は省くことにする。
まず、憲法において
19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

に反するかどうかが争われた点は同じだ。
次に、校長から教諭への職務命令があり、教育指導要領があるのは上記と同じなので省略する。厳密には、今回は高校教諭なので、「高等学校学習指導要領」が対象だが、同要領の中で「学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと」、「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする」と定められている点は変わらない。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/1282000.htm

今回の請求の根拠になっている国家賠償法は、
第一条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。

と定めている。不採用という決定が当該教諭に損害を与えたというロジックだ。

ここで、先生の再雇用についての体系を見ておこう。「地教行法」と約される法律で

地方教育行政の組織及び運営に関する法律
第二条 都道府県、市(特別区を含む。以下同じ。)町村及び第二十一条に規定する事務の全部又は一部を処理する地方公共団体の組合に教育委員会を置く。
と定め、いわゆる教育委員会が設置されている。そして、

第十七条 教育委員会の権限に属する事務を処理させるため、教育委員会に事務局を置く。

との定めに則り、教育委員会に事務局が置かれる。東京都においてはこれを担うのが「教育庁」であり、各部とその他施設に分かれている。学校職員の人事を取り扱うのは教育庁人事部だ。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/administration/general/list.html

職員の再雇用については、教育委員会が定める「東京都公立学校再雇用職員設置要綱」や「東京都再雇用職員設置要綱の運用について」に則って行われている。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/static/reiki_int/reiki_honbun/g1012465001.html
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/static/reiki_int/reiki_honbun/g1012375001.html

東京都公立学校再雇用職員設置要綱
第五 嘱託員は、次に掲げる要件を備えている者のうちから、選考の上、東京都教育委員会(以下「委員会」という。)が任命する。
(一) 正規職員を退職又は再任用職員を任期満了する前の勤務成績が良好であること。
(二) 任用に係る職の職務の遂行に必要な知識及び技能を有していること。
(三) 健康で、かつ、意欲をもって職務を遂行すると認められること

とあり、勤務成績が不良と認められたのが今回の事案だ。

実は、事前に教育委員会から起立せよ、というお達しがあった。
教育庁は,都立高等学校長らに対し,平成15年10月23日付けで,「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」を発していたのである。詳しい内容は以下のリンクから確認が出来るが、一言でいえば「各学校が入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱を適正に実施するよう通達する」というものだ。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/static/reiki_int/reiki_honbun/g1013587001.html

にも関わらず、教諭は起立斉唱をしなかったので、都教委は,上告人に対し,上記不起立行為が職務命令に違反し,全体の奉仕者たるにふさわしくない行為であるなどとし,地方公務員法29条1項1号,2号及び3号に該当するとして,戒告処分をしている。

地方公務員法
第二十九条 職員が次の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。
一 この法律若しくは第五十七条に規定する特例を定めた法律又はこれに基く条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合

【判例】


まず、地裁は、「日の丸に対する世界観や歴史観が憲法19条によって保障されるとしても、このような考えを持つことと,学校の儀式的行事の国歌斉唱の際に不起立に及ぶ行為とは,不可分に結びつくとはいえない」、と言うことを前提としつつ、不起立による懲戒処分だけで不採用にすることが認められるのか、という権利の濫用の有無に焦点を絞った。そして、処分が軽い処分である「戒告」であったことや、本件不起立の態様は他の教職員や生徒らに不起立を促すようなものではなく式典の進行が阻害されたり混乱したりした形跡はないことを踏まえ、「再任用職員の採用選考の場面において,不起立という職務命令違反を余りに強調することには疑問がある」として原告の訴えを認めた。

それに対して、高裁は、「都教委において採用選考の申込者を必ず合格させなければならないわけではなく、また、合格者を必ず採用しなければならないわけでもなく、面接、推薦書及び申込書により申込者を総合的に判断して採否を判定するものであって、都教委の合否及び採否の判定には広範な裁量権があるのである・・・本件戒告処分から未だ3年も経過していない本件の採用選考において都教委が第1審原告を不合格としたこと(本件不合格)が著しく客観的合理性及び社会的相当性を欠くものとまではいえないというべきであり、裁量権を逸脱、濫用したものとまではいえないというべき・・・本件不起立が懲戒処分としては最も軽い「戒告」にとどめられていることも、そのことから、直ちに、本件再雇用職員及び本件再任用職員の採用選考要件の1つである「正規職員を退職する前の勤務成績が良好であること」の判断において本件不起立が軽い非違行為と認識されるべきであることを意味するものではない。既に教諭という身分を有する者に対する懲戒処分とこれから新たに再雇用職員又は再任用職員として採用する場合とでは、大いに異なるからである。」とさらりと否定した。

最高裁は、従前と同様に、一般的・客観的に広く認められた慣例的儀式である入学式や卒業式において、国旗の掲揚や国家の斉唱が直ちに特定の歴史観を否定することと不可分に結びつくわけではないことを前提としつつ、間接的な制約について一歩踏み込んで考察する。

(判決文)
もっとも・・・自らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となる「日の丸」や「君が代」に対して敬意を表明することには応じ難いと考える者が,これらに対する敬意の表明の要素を含む行為を求められることは,その行為が個人の歴史観ないし世界観に反する特定の思想の表明に係る行為そのものではないとはいえ,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為(敬意の表明の要素を含む行為)を求められることとなり,その限りにおいて,その者の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い。・・・そこで,このような間接的な制約について検討するに,個人の歴史観ないし世界観には多種多様なものがあり得るのであり,それが内心にとどまらず,それに由来する行動の実行又は拒否という外部的行動として現れ,当該外部的行動が社会一般の規範等と抵触する場面において制限を受けることがあるところ,その制限が必要かつ合理的なものである場合には,その制限を介して生ずる上記の間接的な制約も許容され得るものというべきである。 ・・・したがって,このような間接的な制約が許容されるか否かは,職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量して,当該職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である。
(中略)
学校の卒業式や入学式等という教育上の特に重要な節目となる儀式的行事においては,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ることが必要であるといえる。・・・そして,住民全体の奉仕者として法令等及び上司の職務上の命令に従って職務を遂行すべきこととされる地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性(憲法15条2項,地方公務員法30条,32条)に鑑み,公立高等学校の教諭である上告人は,法令等及び職務上の命令に従わなければならない立場にあるところ,地方公務員法に基づき,高等学校学習指導要領に沿った式典の実施の指針を示した本件通達を踏まえて,その勤務する当該学校の校長から学校行事である卒業式に関して本件職務命令を受けたものである。これらの点に照らすと,本件職務命令は,公立高等学校の教諭である上告人に対して当該学校の卒業式という式典における慣例上の儀礼的な所作として国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内容とするものであって,高等学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿い,かつ,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえた上で,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図るものであるということができる。
以上の諸事情を踏まえると,本件職務命令については,前記のように外部的行動の制限を介して上告人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの,職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量すれば,上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきである。
以上の諸点に鑑みると,本件職務命令は,上告人の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するとはいえないと解するのが相当である。


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