妊産婦に関する判例-逆児対応・代理出産

最高裁まで争った医療関連の判例の内、有名な二つを取り上げてみたい。

H17/9/8 さかごの経膣分娩強行

骨盤位とは「さかご」のことだ。本人たちは帝王切開を希望したにも関わらず、医師が経膣分娩を強行した結果、赤ちゃんは亡くなった事案。本判決は医師の説明義務違反を認めたものではあり法律的にはそこがメインだが、判決文の中身では逆児だった時にはなぜ帝王切開が良いか等も記載があり学びも多いことから、長いが極力引用した。
なお、バルンブジーは、バルーンブジーとも呼び、子宮口を広げるための器具。「バルーン出産」とはこの器具を用いて行う。

(判決文)
(1) 上告人らは夫婦であるところ,妻の上告人X2(出産時31歳)は,平成 5年8月31日,国立D病院(以下「本件病院」という。)を受診し,初めての妊 娠が確認され,出産予定日を平成6年5月1日と診断され,その後も,通院を続け て本件病院の医師である被上告人B(以下「被上告人医師」という。)の診察,検 査を受けていたが,平成6年2月9日,胎位が,頭部を子宮底に,臀部を子宮口に 向けた状態(以下「骨盤位」という。)であることが判明した。  
(2) 被上告人医師は,同年4月13日(妊娠37週3日)の診察時に,内診や レントゲン撮影の結果などから,分娩時には臀部が先進して産道を降下する状態( 以下「殿位」という。)となり,母体の骨盤の形状や大きさからして児頭骨盤不均 衡などの経膣分娩を困難とする要因もなく,経膣分娩が可能であると判断して,上 告人X2に対し,経膣分娩に問題はないと説明し,経膣分娩によるとの方針を伝えた。  
(3) 上告人らは,骨盤位であるのに経膣分娩をすることに不安を抱き,同月1 4日,被上告人医師に対し,帝王切開術によって分娩をしたいとの希望を伝え,さ らに,上告人X2は,同月20日の検診時にもその旨の希望を述べた。これに対し ,被上告人医師は,上告人ら又は上告人X2に対し,上記(2)のとおりの状況に照 らして経膣分娩が可能であること,もし分娩中に問題が生じればすぐに帝王切開術 に移行することができること,帝王切開術をした場合には,手術部がうまく接合しないことがあることや,次回の出産で子宮破裂を起こす危険性があることなどを説 明し,更に家族で話し合うよう指示した。  
(4) 上告人X2は,同月27日の検診時にも帝王切開術による分娩の希望を伝 えたが,被上告人医師は,どんな場合にも帝王切開術に移ることができるから心配 はない旨説明した。  また,被上告人医師は,同日,超音波断層法を用いた測定により,胎児の体重を 3057gと推定し,内診の結果とも併せ,分娩時には殿位となるものと判断した。 そして,被上告人医師は,同日以降は胎児の推定体重の測定をしなかった。  
(5) 上告人らは,同月28日,本件病院において,上告人X2の入院の手続を した。そして,被上告人医師は,上告人らに対し,骨盤位の場合の経膣分娩の経過 や帝王切開術の場合の危険性等のほか,骨盤位の場合,前期破水をすると胎児と産 道との間を通して臍帯脱出を起こすことがあり,早期に対処しないと胎児に危険が 及ぶことがあること,その場合は帝王切開術に移行することなどについて,経膣分 娩を勧める口調で説明した。その際,上告人X2は,逆子は臍帯がひっかかると聞 いているので帝王切開術をお願いしたいと申し入れたが,被上告人医師は,「この 条件で産めなければ頭からでも産めない。もし産道で詰まったとしても,口に手を 入れてあごを引っ張ればすぐに出る。もし分娩中に何か起こったらすぐにでも帝王 切開に移れるのだから心配はない。」と答えた。これに対し,夫の上告人X1は, 「それでも心配ですので遠慮せずにどんどん切って下さい。」と言い,あらかじめ 手術承諾書を書いておくとも言ったが,被上告人医師は,心配のしすぎであるとし て,取り合わなかった。  
(6) 被上告人医師は,出産予定日を経過した平成6年5月9日(妊娠41週1 日),内診の結果から子宮口が1指大に開大するなど成熟の徴候が認められたこと から,上告人X2に対し,同月11日から分娩誘発を行うことを説明した。その際,上告人X2は,子供が大きくなっていると思うので下から産む自信がなく,帝王 切開術にしてもらいたい旨述べたが,被上告人医師は,予定日以降は胎児はそんな に育たない旨答えた。  
(7) 被上告人医師は,同月11日午後3時20分ころ,子宮口を広げて分娩を 誘発するための器具であるバルンブジーを上告人X2の子宮口に挿入し,午後7時 20分ころ,分娩監視装置による胎児心拍数の測定を開始した。 
(8) 上告人X2は,同月12日午前6時から午前8時まで,1時間おきに陣痛 促進剤を1錠ずつ服用した。被上告人医師は,午前8時ころ,上告人X2を内診し ,胎児の臀部とかかとの部分が触れたことから,当初の診断と異なり,分娩時には ,両下肢のひざが屈し,両側のかかとが臀部に接して先進する状態(複殿位)とな ると判断したが,子宮頸部が軟らかくなっていることなどから,このまま経膣分娩 をさせることとし,陣痛促進剤の点滴投与を始めた。そして,午後1時18分ころ には,陣痛がほぼ2分間隔で発現するようになり,午後3時3分ころには,胎胞が 膣外まで出てくる胎胞排臨の状態となったが,卵膜が強じんで自然に破膜しなかっ た。このため,被上告人医師は,分娩が遷延するのを避ける目的で人工破膜を施行 したところ,破水後に臍帯の膣内脱出が起こり,胎児の心拍数が急激に低下した。 被上告人医師は,臍帯を子宮内に還納しようとしたが奏功せず,午後3時7分ころ ,骨盤位牽出術を開始した。  
(9) 本件病院では,経膣分娩の経過中に帝王切開術に移行することのできる体 制となっていたが,被上告人医師は,破水後に帝王切開術に移行しても,胎児の娩 出まで少なくとも15分程度の時間を要し,経膣分娩を続行させるよりも予後が悪 いと判断して骨盤位牽出術を続行し,同日午後3時9分ころ,重度の仮死状態で上 告人らの長男甲が出生した。甲は,待機していた小児科医によって蘇生措置を受け たが,午後7時24分に死亡した。なお,甲の死亡時の体重は3812gであり,蘇生措置中,甲に対する輸液等の 投与量は合計91.664mlで,体外排出量は1mlの採血のほか若干量のみであっ たことなどから,甲の出生時の体重は,多くても約3730g程度と推認される。  
(10) 骨盤位の場合の経膣分娩は,児頭が先進する状態(頭位)の場合と比べ, 前期又は早期破水の頻度が高く,先進部が,児頭に比べて小さく軟らかで,球形で はないため,軟産道開大に時間を要し,遷延分娩となりやすい上,臍帯下垂や前期 又は早期破水に伴う臍帯脱出を起こしやすいこと,分娩経過中,臍帯が体や四肢の 間で圧迫される頻度が高く,また,娩出間際では児頭と骨盤の間で臍帯が圧迫され て血流が遮断される時期があるため,短時間で娩出しないと新生児仮死の可能性が 高くなることなどの危険性が指摘されている。  他方,帝王切開術については,麻酔を使用した上で母体を切開する外科的侵襲で あることに伴う危険性がある等の問題があるため,骨盤位の場合にすべて帝王切開 術を行うべきものとする考え方は一般的ではなく,経膣分娩によるか帝王切開術を 行うかの選択については,胎児の推定体重,胎位,母体の骨盤の形状,妊娠週数, 妊婦の年齢などの諸要素を総合的に考慮して判断するのが一般的である。具体的に は,胎児の推定体重が3800g以上のときや,胎位が,分娩に際し下肢が下方に 伸展して先進する状態(足位)のときなどには帝王切開術を行うべきものとされる (胎児の推定体重については,3500g以上のときには帝王切開術を行うべきも のとする見解もある。)。そして,経膣分娩の経過中に母体又は胎児に危険が生じ ,直ちに胎児を娩出させなければならないときは,帝王切開術等の急速遂娩術が行 われるが,経膣分娩から帝王切開術への移行は,消毒や麻酔等に一定の時間を要す ることなどから,移行が相当とはいえない場合もある。
(一部略)
 また,出産約 2週間前においては,胎児の体重は3057gと推定されたものの,超音波測定に よる推定体重には10~15%程度の誤差があるとされている上,出産までの2週 間で更に約200g程度は増加するとされているので,出産時の体重が3500g を超えることも予想される状況にあったが,骨盤位で胎児の体重が3500g以上 の場合には帝王切開術を行うべきものとする見解もあった。しかし,被上告人医師 は,平成6年4月27日を最後に,胎児の推定体重を測定しなかった。(6) さら に,被上告人医師は,同年5月12日午前8時ころの内診で,複殿位であると判断 しながら,上告人らにこのことを告げず,陣痛促進剤の点滴投与を始め,同日午後 3時3分ころ人工破膜を施行した。 以上の諸点に照らすと,帝王切開術を希望するという上告人らの申出には医学的 知見に照らし相応の理由があったということができるから,被上告人医師は,これ に配慮し,上告人らに対し,分娩誘発を開始するまでの間に,胎児のできるだけ新しい推定体重,胎位その他の骨盤位の場合における分娩方法の選択に当たっての重 要な判断要素となる事項を挙げて,経膣分娩によるとの方針が相当であるとする理 由について具体的に説明するとともに,帝王切開術は移行までに一定の時間を要す るから,移行することが相当でないと判断される緊急の事態も生じ得ることなどを 告げ,その後,陣痛促進剤の点滴投与を始めるまでには,胎児が複殿位であること も告げて,上告人らが胎児の最新の状態を認識し,経膣分娩の場合の危険性を具体 的に理解した上で,被上告人医師の下で経膣分娩を受け入れるか否かについて判断 する機会を与えるべき義務があったというべきである。ところが,被上告人医師は ,上告人らに対し,一般的な経膣分娩の危険性について一応の説明はしたものの, 胎児の最新の状態とこれらに基づく経膣分娩の選択理由を十分に説明しなかった上 ,もし分娩中に何か起こったらすぐにでも帝王切開術に移れるのだから心配はない などと異常事態が生じた場合の経膣分娩から帝王切開術への移行について誤解を与 えるような説明をしたというのであるから,被上告人医師の上記説明は,上記義務 を尽くしたものということはできない

H19/3/23 外国での代理出産における親子関係

代理出産と言うのが知られる様になったのは平成に入ってからのことだろう。この判決が世に大きな影響を与えた。そう、本件は代理出産で話題を呼んだ女優向井亜紀氏とプロレスラー高田延彦氏の最高裁での判決である。
代理出産で誕生した双子について品川区役所に出生届を提出したところ、これを拒否されたことを巡っての裁判である。高裁は受理を認める判決を下したが、最高裁は「立法による速やかな対応が強く望まれる」としながら、これを否定した。ある種、裁判が立法に踏み込まなかったとも言える判決である。

(最高裁判決文)
本件は,日本人夫婦である相手方らが,相手方X の精子と同X の卵子を用 いた生殖補助医療により米国ネバダ州在住の米国人女性が懐胎し出産した双子の子 ら(以下「本件子ら」という。)について,抗告人に対し,相手方らを父母とする 嫡出子としての出生届(以下「本件出生届」という。)を提出したところ,抗告人 は,相手方X による分娩(出産)の事実が認められず,相手方らと本件子らとの 2 間に嫡出親子関係が認められないことを理由として本件出生届を受理しない旨の処 分をし,これに対し,相手方らが,戸籍法118条に基づき,本件出生届の受理を 命ずることを申し立てた事案である。
・・・
相手方X は,平成12年▲月▲日,子宮頸部がんの治療のため,子宮摘出 2 及び骨盤内リンパ節剥離手術を受けた。この際,相手方X は,将来自己の卵子を 2 用いた生殖補助医療により他の女性に子を懐胎し出産してもらう,いわゆる代理出 産の方法により相手方らの遺伝子を受け継ぐ子を得ることも考え,手術後の放射線 療法による損傷を避けるため,自己の卵巣を骨盤の外に移して温存した。
・・・
相手方らは,平成15年に米国ネバダ州在住の女性A(以下「A」とい う。)による代理出産を試みることとなり,Cセンターにおいて,同年▲月▲日, 相手方X の卵巣から採取した卵子に,相手方X の精子を人工的に受精させ,同年 2 1 ▲月▲日,その中から2個の受精卵を,Aの子宮に移植した。 同年5月6日,相手方らは,A及びその夫であるB夫妻(以下「AB夫妻」とい う。)との間で,Aは,相手方らが指定しAが承認した医師が行う処置を通じて, 相手方らから提供された受精卵を自己の子宮内に受け入れ,受精卵移植が成功した 際には出産まで子供を妊娠すること,生まれた子については相手方らが法律上の父 母であり,AB夫妻は,子に関する保護権や訪問権等いかなる法的権利又は責任も 有しないことなどを内容とする有償の代理出産契約(以下「本件代理出産契約」と いう。)を締結した。
・・・
ネバダ州修正法126章45条は,婚姻関係にある夫婦は代理出産契約を 締結することができ,この契約には,親子関係に関する規定,事情が変更した場合 の子の監護権の帰属に関する規定,当事者それぞれの責任と義務に関する規定が含 まれていなければならないこと(1項),同要件を満たす代理出産契約において親 と定められた者は法的にあらゆる点で実親として取り扱われること(2項),契約 書に明記されている子の出産に関連した医療費及び生活費以外の金員等を代理出産 する女性に支払うこと又はその申出をすることは違法であること(3項)を規定しており,同章には,親子関係確定のための裁判手続に関する諸規定が置かれてい る。
・・・
相手方らは,同年11月下旬,ネバダ州ワショー郡管轄ネバダ州第二司法 地方裁判所家事部(以下「ネバダ州裁判所」という。)に対し親子関係確定の申立 てをした。同裁判所は,相手方ら及びAB夫妻が親子関係確定の申立書に記載され ている事項を真実であると認めていること及びAB夫妻が本件子らを相手方らの子 として確定することを望んでいることを確認し,本件代理出産契約を含む関係書類 を精査した後,同年12月1日,相手方らが2004年(平成16年)1月あるい はそのころAから生まれる子ら(本件子ら)の血縁上及び法律上の実父母であるこ とを確認するとともに(主文1項),子らが出生する病院及び出生証明書を作成す る責任を有する関係機関に,相手方らを子らの父母とする出生証明書を準備し発行 することを命じ(主文2項),関係する州及び地域の登記官に,法律に準拠し上記 にのっとった出生証明書を受理し,記録保管することを命ずる(主文3項)内容の 「出生証明書及びその他の記録に対する申立人らの氏名の記録についての取決め及 び命令」を出した(以下「本件裁判」という。)。
・・・
原審は,要旨次のとおり説示して,原 々決定を取り消し,本件出生届の受理を命じた。
民訴法118条所定の外国裁判所の確定判決とは,外国の裁判所が,その 裁判の名称,手続,形式のいかんを問わず,私法上の法律関係について当事者双方 の手続的保障の下に終局的にした裁判をいうものと解される(最高裁平成6年 (オ)第1838号同10年4月28日第三小法廷判決・民集52巻3号853 頁)。ネバダ州裁判所による相手方らを法律上の実父母と確認する旨の本件裁判 は,親子関係の確定を内容とし,我が国の裁判類型としては,人事訴訟の判決又は 家事審判法23条の審判に類似するものであり,外国裁判所の確定判決に該当す る。
・・・
しかしながら,原審の上記判断のうち(2)及び(3)は是認することができな い。その理由は,次のとおりである。
 (1) 外国裁判所の判決が民訴法118条により我が国においてその効力を認め られるためには,判決の内容が我が国における公の秩序又は善良の風俗に反しないことが要件とされているところ,外国裁判所の判決が我が国の採用していない制度 に基づく内容を含むからといって,その一事をもって直ちに上記の要件を満たさな いということはできないが,それが我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相 いれないものと認められる場合には,その外国判決は,同法条にいう公の秩序に反 するというべきである(最高裁平成5年(オ)第1762号同9年7月11日第二 小法廷判決・民集51巻6号2573頁参照)。 実親子関係は,身分関係の中でも最も基本的なものであり,様々な社会生活上の 関係における基礎となるものであって,単に私人間の問題にとどまらず,公益に深 くかかわる事柄であり,子の福祉にも重大な影響を及ぼすものであるから,どのよ うな者の間に実親子関係の成立を認めるかは,その国における身分法秩序の根幹を なす基本原則ないし基本理念にかかわるものであり,実親子関係を定める基準は一 義的に明確なものでなければならず,かつ,実親子関係の存否はその基準によって 一律に決せられるべきものである。したがって,我が国の身分法秩序を定めた民法 は,同法に定める場合に限って実親子関係を認め,それ以外の場合は実親子関係の 成立を認めない趣旨であると解すべきである。以上からすれば,民法が実親子関係 を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の裁判は,我が国の法 秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものであり,民訴法118条3号にい う公の秩序に反するといわなければならない。このことは,立法政策としては現行 民法の定める場合以外にも実親子関係の成立を認める余地があるとしても変わるも のではない。
・・・
我が国の民法上,母とその嫡出子との間の母子関係の成立について直接明 記した規定はないが,民法は,懐胎し出産した女性が出生した子の母であり,母子関係は懐胎,出産という客観的な事実により当然に成立することを前提とした規定 を設けている(民法772条1項参照)。また,母とその非嫡出子との間の母子関 係についても,同様に,母子関係は出産という客観的な事実により当然に成立する と解されてきた(最高裁昭和35年(オ)第1189号同37年4月27日第二小 法廷判決・民集16巻7号1247頁参照)。 民法の実親子に関する現行法制は,血縁上の親子関係を基礎に置くものである が,民法が,出産という事実により当然に法的な母子関係が成立するものとしてい るのは,その制定当時においては懐胎し出産した女性は遺伝的にも例外なく出生し た子とのつながりがあるという事情が存在し,その上で出産という客観的かつ外形 上明らかな事実をとらえて母子関係の成立を認めることにしたものであり,かつ, 出産と同時に出生した子と子を出産した女性との間に母子関係を早期に一義的に確 定させることが子の福祉にかなうということもその理由となっていたものと解され る。 民法の母子関係の成立に関する定めや上記判例は,民法の制定時期や判決の言渡 しの時期からみると,女性が自らの卵子により懐胎し出産することが当然の前提と なっていることが明らかであるが,現在では,生殖補助医療技術を用いた人工生殖 は,自然生殖の過程の一部を代替するものにとどまらず,およそ自然生殖では不可 能な懐胎も可能にするまでになっており,女性が自己以外の女性の卵子を用いた生 殖補助医療により子を懐胎し出産することも可能になっている。そこで,子を懐胎 し出産した女性とその子に係る卵子を提供した女性とが異なる場合についても,現 行民法の解釈として,出生した子とその子を懐胎し出産した女性との間に出産によ り当然に母子関係が成立することとなるのかが問題となる。この点について検討すると,民法には,出生した子を懐胎,出産していない女性をもってその子の母とす べき趣旨をうかがわせる規定は見当たらず,このような場合における法律関係を定 める規定がないことは,同法制定当時そのような事態が想定されなかったことによ るものではあるが,前記のとおり実親子関係が公益及び子の福祉に深くかかわるも のであり,一義的に明確な基準によって一律に決せられるべきであることにかんが みると,現行民法の解釈としては,出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母 と解さざるを得ず,その子を懐胎,出産していない女性との間には,その女性が卵 子を提供した場合であっても,母子関係の成立を認めることはできない。
もっとも,女性が自己の卵子により遺伝的なつながりのある子を持ちたいという 強い気持ちから,本件のように自己以外の女性に自己の卵子を用いた生殖補助医療 により子を懐胎し出産することを依頼し,これにより子が出生する,いわゆる代理 出産が行われていることは公知の事実になっているといえる。このように,現実に 代理出産という民法の想定していない事態が生じており,今後もそのような事態が 引き続き生じ得ることが予想される以上,代理出産については法制度としてどう取 り扱うかが改めて検討されるべき状況にある。この問題に関しては,医学的な観点 からの問題,関係者間に生ずることが予想される問題,生まれてくる子の福祉など の諸問題につき,遺伝的なつながりのある子を持ちたいとする真しな希望及び他の 女性に出産を依頼することについての社会一般の倫理的感情を踏まえて,医療法 制,親子法制の両面にわたる検討が必要になると考えられ,立法による速やかな対 応が強く望まれるところである

以上の通り、「公序良俗」が問われた今回の裁判。反しないと明示した高裁の論拠を少し見ておこう。法制審議会で議論があったことも踏まえながら、それを乗り越えようとロジックを構築したその跡を見て取ることが出来る。

(高裁判決)
① わが国民法等の法制度は,生殖補助医療技術が存在せず,自然懐胎のみの時代に制定された法制度であるが,現在は,生殖補助医療技術が発達したことにより,自然懐胎以外に人為的な操作により懐胎及び子の出生が実現されるようになっている。その法制度制定時に,自然懐胎以外の方法による懐胎及び子の出生が想定されていなかったことをもって,人為的な操作による懐胎又は出生のすべてが,わが国の法秩序の中に受け容れられないとする理由にはならないというべきである。現に,その中でも,人工授精による懐胎については,当事者の意思を十分尊重して確認する等の条件の下で,現行法制度の中で容認されていることからすると,民法上,代理出産契約があるからといってその契約に基づき親子関係を確定することはないとしても,外国でなされた他の人為的な操作による懐胎又は出生について,外国の裁判所がした親子関係確定の裁判については,厳格な要件を踏まえた上であれば十分受け容れる余地はあるといえる。
② 本件子らは,抗告人Bの卵子と抗告人Aの精子により,出生した子らであり,抗告人らと本件子らとは血縁関係を有する。
③ 本件代理出産契約に至ったのは,抗告人Bの子宮頸部がんにより子宮摘出及び骨盤内リンパ節剥離手術を受けて自ら懐胎により子を得ることが不可能となったため 抗告人らの遺伝子を受け継ぐ子を得るためには , その方法以外にはなかったことによる。
④ 他方,本件記録によれば,Eが代理出産を申し出たのは,ボランティア精神に基づくものであり,その動機・目的において不当な要素をうかがうことができないし,本件代理出産契約は抗告人らがEに手数料を支払う有償契約であるが,その手数料は,Eによって提供された働き及びこれに関する経費に関する最低限の支払(ネバダ州修正法において認められているもの)であり,子の対価でないことが認められる。また,契約の内容についても,それ自体からして,妊娠及び出産のいかなる場面においても,Eの生命及び身体の安全を最優先とし,Eが胎児を中絶する権利及び中絶しない権利を有しこれに反するなんらの約束も強制力を持たないこととされ,Eの尊厳を侵害する要素を見出すことはできないものである。
⑤ 本件では,代理母夫妻は本件子らと親子関係にあること及び養育することを望んでおらず,また本件裁判により抗告人らが血縁上も法律上も親とされているため,本件子らは,法律的に受け容れるところがない状態が続くことになる。抗告人らは,本件子らを出生直後から養育しているが,今後ももとより実子として養育することを強く望んでいる。したがって,代理母を認めることが本件子らの福祉を害するおそれはなく,むしろ,本件子らの福祉にとっては,わが国において抗告人らを法律的な親と認めることを優先すべき状況となっており,抗告人らに養育されることがもっともその福祉に適うというべきである。
⑥ ところで,厚生科学審議会生殖補助医療部会が,代理懐胎を一般的に禁止する結論を示しているが,その理由として挙げている子らの福祉の優先,人を専ら生殖の手段として扱うことの禁止,安全性,優生思想の排除,商業主義の排除,人間の尊厳の六原則について,本件事案の場合はいずれにも当てはまらないというべきである。もとより,現在,わが国では代理母契約について 明らかにこれを禁止する規定は存しないし , わが国では代理懐胎を否定するだけの社会通念が確立されているとまではいえない。
⑦ 本件記録によれば,法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会において,外国で代理懐胎が行われ,依頼者の夫婦が実親となる決定がされた場合,代理懐胎契約はわが国の公序良俗に反するため,その決定の効力はわが国では認められないとする点に異論がなかったことが認められ,当該議論における公序良俗とは,法例33条又は民事訴訟法118条3号にいう公序良俗を指すものと解される(日本の民法の解釈上,代理懐胎契約が締結されたとしても,その契約によって法的親子関係を確定することができず,何ら法的な効力はないことから,法的親子関係の確定の観点からは民法90条の公序良俗が問題となることはない 。)そし て,このように,外国でなされた代理懐胎契約がわが国の公序良俗に反するとしても,前認定のとおり,本件裁判は,本件代理出産契約のみに依拠して親子関係を確定したのではなく,本件子らが抗告人らと血縁上の親子関係にあるとの事実及びEF夫妻も本件子らを抗告人らの子と確定することを望んでいて関係者の間に本件子らの親子関係について争いがないことも参酌して,本件子らを抗告人らの子と確定したのであり,前記議論があるからといって,本件裁判が公序良俗に反するものではない。
⑧ さらに,本件のような生命倫理に関する問題につき,わが国の民法の解釈では抗告人らが本件子らの法律上の親とされないにもかかわらず,外国の裁判に基づき抗告人らを本件子らの法律上の親とすることに違和感があることは否定することができない。しかしながら,身分関係に関する外国裁判の承認については,かつては国際私法学者を中心に,民事訴訟法118条(旧民事訴訟法では200条)に定める要件のほか,法例が指定する準拠法上の要件も満たすべきであるとの議論がなされたが,下級審ながら多く裁判例や戸籍実務(昭和51年1月14日民2第289号法務省民事局長通達参照)では,身分関係に関する外国の裁判についても民事訴訟法118条に定める要件が満たされれば,これを承認するものとされており,この考え方は国際的な裁判秩序の安定に寄与するものであって,本件事案においてのみこれに従わない理由を見いだすことができない。そうすると,本件においても,外国裁判の承認の構造上,法例17条が指定する日本の民法を適用する余地はなく,上記違和感があるからといって,本件裁判が公序良俗に反するということができない。
エ 以上のとおり,本件のような具体的事情のもとにおいて,本件裁判を承認することは実質的に公序良俗に反しないと認めることができる

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