最後の一葉が落ちても/志月ゆかり

 ……あ。
 また来てくれたんだね。ありがとう。
 大丈夫、調子はいいよ。っていうかいつも調子いいんだから、いい加減退院させてくれればいいのにね。お医者さんやお父さんお母さんはだめだって言うの。
 私はどこもおかしくないのにね。

  今日も持ってきてくれたの? りんご。
 お見舞いといえばりんごでしょ、みたいなの安直だよね。ふふ。
 いいよ、私りんご好きだから。
 でもなんか不思議な感じ、病人みたい。
 私、病人じゃないのに。

  ……え?
 何見てるのって、あれだよあれ。あの葉っぱ。
 ついに最後の一枚になっちゃったなって。私が入院したころはあんなに生い茂ってたのに。
 ……いや、死なない死なない。あれが落ちたら私死ぬんですーとかないから。
 たださ、あれが落ちたら、あの子が来てくれないかなって思ってるだけ。
 あの子だよ、あの子、えーっと……名前が出てこない。何でだろう。こんなに大事に想ってるのに。ほら、私の妹みたいにさ、何するにも一緒だった子。……そうそうその子その子。どうして来てくれないんだろう。私ずっと待ってるのにな。
 なんて、せっかくお見舞いに来てくれてる君に失礼だね。ごめんね。別に君を待ってないわけじゃないんだよ? 今じゃお母さんたちでさえほとんどお見舞い来てくれないから、私退屈なんだ。どこも悪くないし。

  あはは、どうしてそんな顔するの?
 ……まあ確かにね、どこもおかしくないは言い過ぎかもね。何か大事なことをずっと忘れてるような気がするんだ。入院する前、何してたか、思い出せないんだ。
 何か、すごく、すごく大切なことをしていた気がするのに。
 私あのとき幸せだったんだよ。それだけはわかるんだ。
 幸せなのに、すごく怒ってて、すごく悲しくて、それだけは。

  ……ねえ。
 どうして、お見舞い来てくれるの?
 だってさ、私たち、中学までは一緒だったけど、あんまり接点とかなかったじゃん? 高校からは離れてたし。
 だから私びっくりしたんだ、あのときLINEくれて。
 急にさ、「あのさ」って。「大丈夫?」って。
 中学のときからずいぶん変わってたからさ、最初誰かわかんなくて。ごめんね。
 びっくりしたよ、そんなに噂って出回るもんなんだね。私、全然世間をわかってなかったんだね。誰も私たちに興味なんてないと思ってたんだ。
 たかが入院したくらいで、大げさだよ、みんな。
 ……だからさ、どうしてそんな顔するの?

  ……ありがとう、心配してくれて。
 心配してくれたの、君だけだよ。
 すぐわかったよ、だって文面が全然違ったもん。他のみんなは、いかにも興味本位って感じだったもん。
 お見舞いも、こんなに来てくれると思ってなかったからさ、嬉しいよ。
 一回で終わるもんだと思ってたからさ。
 そんなことしないって? どうして? だって私たち、これまで特にさ……

  …………え?
 ……え、あ、そう、そうなんだ? 

 そっか。
 そっか。だから。
 ご、ごめん、全然気づかなくて。
 そっか。そうなんだ。

  えっと、それは、今もそう思ってるってこと?
 って、聞いちゃだめだったかな。
 いや、いやいや、迷惑だなんてそんな。
 ただちょっと、そう、びっくりしてるだけ。
 ……え、からかってるんじゃないんだよね?
 本当に、本当の本当に、私のこと、好きなの?

  えっと、そっか。
 えへへ。私にもそんな人、いたんだ。
 私、本当に全然周り、見えてなかったんだね。
 私とあの子だけが、私の世界の全てだったんだ。
 もったいないことしちゃってたね。
 ごめんね、気づいてあげられなくて。
 ありがとう、好きって言ってくれて。

  ……あのさ、今の私でも好き?
 精神病棟に入院してて、大事なことを全部忘れてて、君のことも最初覚えてなかった私でも、好き?
 ……あはは、そうじゃなきゃ通わないって、そりゃそっか。
 じゃあさ、私たち、付き合っちゃう?
 私は嬉しいよ、こんなに想ってくれる人と、一緒にいられるなら。
 でも、私、たぶん重いよ。すごい尽くしちゃうタイプだよ。あの子と一緒にいたときそうだったから、そんな気がするんだ。それでも大丈夫?
 ……そっか。
 ありがとう。すごく、嬉しい。

  ……あ。
 いや、ほら。
 最後の葉っぱ、落ちちゃった。
 ……結局来なかったなあ、あの子。名前、また出てこない。
 まあいっか、君がいるから。
 私、早くここから出られるように、がんばるね。
 今までありがとう、これからよろしくね。
 早く、一緒にいろんなことしようね。

FIN.

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