逢魔が時の押しかけ/志月ゆかり

 おい。
 おい、お前だよガキんちょ。
 なぁんでまた来ちまったかねえ。
 言ったろ、次は今度こそこわーい狐さんになるって。
 お前は覚えてねえかもしれねえがな。
 今度こそ、お前のこと食ってやろうか? 

 ……はぇ?
 え、は、え?
 いや、ちょっと待てちょっと待て! 一旦その口閉じやがれ!
 ……え、なんだお前、食われに来たわけじゃねえんか? 単純に考えなしに遊びに来ちまったわけでもねえんか?
 な、なんだよ、お、お嫁さんにしてくださいって。
 食っちまうってそういう意味じゃねえぞ。文字通り食うって意味だぞ。何をどうはき違えたらんなことになんだよ。
 ってか俺のこと忘れろって術かけたはずなんだがなあ? なぁんでまたここに来てんだ?
 愛の力って、やかましいわ。
 はっ、狐の嫁入りならぬ狐に嫁入りってか。とんでもねえよ。晴れ間に雪でも降らす気か?

 っていうかなあ。 そもそもお前、今いくつだよ。この間来た時よりずいぶんでかくなってるけどよ。
 ……十八ねえ。じゃああれから十年ってわけだ。時が移ろうのは早いねえ。
 前言ったけど、俺ぁ六百年くらいは生きてんだぞ。今更こんなじじいが嫁なんざ取ろうなんて思うわけねえだろ。ましてやお前みてえな人間のガキんちょを。
 ……もうガキじゃねえって? はっ。まだまだガキんちょだよお前なんか、俺からすりゃあ。……そりゃあまあ、俺からすりゃあ人間全員そうなっちまうけどよ。
 つまりお前は最初から対象外ってこと。諦めな。 

 え、何、なんで俺なんかに嫁ごうと思ったわけ? それもいきなり十年も経って。
 ……いきなりじゃない? ずっとそう思ってた? あの時から?
 お前なあ、何勘違いしてんだ。
 俺があのときお前に優しくしてやったのはただの気紛れだよ気紛れ。饅頭やったのも、大人の怖さを教えてやったのも、お前を助けてくれる奴がいるって助言してやったのも全部な。どうせ忘れさせるつもりでやったことだよ。何で覚えてんだよ。
 ……だからやかましいわ。
 大体、十年も経っていきなりまた来た理由はなんだ? そんなに俺のことが気に入っちまったなら、もっと早く来りゃあ良かったじゃねえか。まあそうしたら本当にお前のこと食っちまってたけど。
 ……いや、お前の本気度なんかわかるかよ。どうでもいいわんなこと。 

 はー。まあなんだ、どうせ来ちまったもんは仕方ねえや。
 今回だけはまた帰してやるから、俺の気が変わらねえうちに山を下り……
 ちょ、声でけえ!
 何がお前をそんな風にしちまったんだ? 俺ぁ何にも大したことしたつもりねえぞ?
 ああもう、しょうがねえなあ。立ち話もなんだ、上がってけよ。面白いもんなんもねえけどよ。
 ……俺がいれば十分とかやめろや。 

 ……あれから、ちゃあんと助けてもらえたんだな。
 なんでわかるのって、そりゃあ俺ぁ元神さまだからな。何でも見えるって言ったろ。お前のことも見てたよ。あのひでえ親元を離れて、ちゃあんとここまで育ったじゃねえか。良かった良かった、で、こっちは終わろうとしてたのによ。
 俺のおかげじゃねえよ。俺ぁなんもしてねえ。お前が頑張っただけの話だ。
 ……だー! そういうところも好きってやかましいわ。なんなんだお前。ほんとに。
 ああ、まあ、見守ってたってのはそうだな。だって気になるじゃねえか。たった八歳で俺のところに食われに来ようだなんてガキんちょのこと。あれからどうなったかなあってよ。……別に好きだからとかじゃねえから! やめろその都合の良い解釈! 

 大体お前、狐に、っていうか怪異に嫁ぐってのがどういうことかわかってんのか?
 もう二度と人間として普通の生活は送れなくなるぞ?
 これまで普通に楽しく暮らしてたじゃねえか。優しい里親もいて、友達もいて、これから幸せになる未来があるってのに、それを全部捨てちまうっていうのか?
 やめといた方がいいと思うぜ。お前のために言ってんだ。
 こんななんもねえお社で俺と二人っきりで暮らすなんて、退屈で仕方ねえだろ。 

 ……お前、ずいぶんと痛ぇとこ突くじゃねえか。
 そうだよ、確かに言ったよ、俺にとっちゃあ全部暇つぶしだって。
 けど俺ぁお前の人生を暇つぶしの道具にするつもりはねえよ。そんなのってあんまりじゃねえか。今のお前はそれでもいいのかもしれねえけど、いずれ嫌になるぜ。そうなったときにはもう手遅れ、人里に帰れなくなってんぞ。
 やっぱり優しいって、だから違ぇよ、面倒なだけだよ。 

 ……はー。そんな覚悟決めた目で見んなよ。
 お前、いつからこうするって決めてやがったんだ? そんなそぶり、一切なかったじゃねえか。
 俺にとっちゃあ十年なんて一瞬だが、お前にとっちゃあ結構な時間だろ? その間ずーっと、俺に嫁ぐことだけ考えて生きてきたのか? はっ、どうかしてるぜ。お前は若ぇ人間で、こっちは人間に化けられるだけの化け狐のじじいだぜ。お前にはもっと良い相手がいるよ。……それも見えんのかって、見なくてもわかるさ。当たり前のこったろ。そんなこと。

  ……んなこと言われてもなあ。
 本当にお前、もうここに来ない方がいいぜ。いつ俺の気が変わってお前を食っちまうかわかんねえからなあ。……それでもいいって、んなわけねえだろ。俺が嫌だよ。
 好きになってもらうまで通い続けるとか、よく臆面もなくんなこと言えるな。お前意外と度胸あるじゃねえか。なんで十年前はあんなに思い詰めてたんだ。いや今もある意味思い詰めてるか。思い詰めるたちなんだなお前は。 

 ……おーおー、やあっと今日は帰る気になったか。
 出直すな出直すな。二度と来んな。
 ……しねえよ、お前みてえなガキんちょを異性として意識とか。
 本当に? って、当たり前じゃねえか。こっちはお前が八歳のときからずーっと見守ってたんだぜ。今更そんな気に……
 って、ちょ、おい、何して……! って帰んの早! 何してくれとんじゃクソガキ!
 ……嵐みてえな奴だったなぁ。こりゃあしばらく暇つぶしには困らなさそうだ。
 はーあ。どうすっかねえ……。

FIN.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?