断捨離/志月ゆかり

 ある休日の朝。
 物が散乱した汚い自分の部屋の真ん中で、私は思った。
 そうだ、断捨離をしよう。 

 なんとなくいつか使うかもと思って取っておいていたチラシやクーポンなんかをゴミ袋に詰める。明らかな空箱やレジ袋もゴミだね。
 昔使っていたけど今は使っていないバッグはまとめて売りに出そう。
 服も多すぎる。ひとつの季節につき一週間着回せる分があれば十分でしょ。
 一日目はゴミを出してバッグや服を売りに出すので終わっちゃった。
 まだ部屋は物で溢れかえってる。 

 また、次の休日。
 どこかで聞いたことがある。
 思い出が断捨離の邪魔をするって。
 思い出の詰まった品ほど、使わなくても捨てづらい。
 小学生の頃に描いた絵。子どもの頃買ってもらってからずっと一緒にいたぬいぐるみ。昔ハマった手芸で作った作品たち。
 全部ゴミに捨てちゃおう。
 お母さんにいいのかって聞かれた。
 別にいいって答えた。 

 さて、今日はまだ時間があるね。
 まだこの部屋には物が多すぎる。
 ……そういえば、机や椅子って必要かな。
 段ボール箱がひとつあれば代用できるんじゃない?
 ずっと積読されていた本たちも、どうせ読まないならいらない。ということは本棚だっていらないってことだよね。
 これまで思い出の品を並べていた棚だって、今はもう空っぽだ。
 クッションだってソファだっていらない。ベッドだって、布団だけあれば十分。
 全部引き取ってもらおう。
 大きなものを捨てれば、もっと部屋が広くなるし。 

 次の休日。
 随分部屋が広くなった。
 気分がだいぶすっきりしてる。
 これがミニマリズムってやつか。
 大丈夫、必要なものと必要じゃないものの区別くらいはついてる。
 仕事で使う資料とか、パソコンとかスマホなんかは、どれだけ場所を取っても必要なもの。スーツだって同じこと。
 趣味にお金を使わなければ、その分節約にもなるし。元々趣味なんかないけど。
 いずれにせよ、素晴らしいことだよね。 

 ピロン、とスマホが誰かからのメッセージの受信を告げた。
 中学時代からの友だちからみたい。
 「今度の週末空いてる? もしよかったらみんなで会わない?」
 遊びの誘い。
 返信をしようとして、でもふと指が固まる。
 ……この時間って、必要かな。
 貴重な時間を使って、疲れる人間関係の諸々をこなす時間って、必要かな。
 仕事の人間関係は仕方がない。だって仕事なんだから。
 でも、「友人」って、必要じゃないんじゃないかな。
 この間捨ててしまった思い出の品たちが頭をよぎる。
 あれがいらないんだから、これだっていらないでしょ。
 私は返信せず、中学時代の同級生をブロックした。このまま必要ない連絡先も解除すれば、本当に必要な人間関係だけが残るもんね。 

 次の休日。
 静かだ。
 スマホはうるさく通知を鳴らさないし、部屋は必要なもの以外何もない。
 これだけやれば十分でしょ。
 断捨離、完了。
 とても、清々しい気分。
 大きく息を吸って、吐いて、それから自分の部屋を出る。
 物であふれ返ったリビングが視界に入った。
 お母さん、お母さんも断捨離しない?
 ……なぜか、お母さんに泣かれた。 

 次の休日。
 清々しいのは私の部屋だけで、他の部屋は物であふれ返ったまま。
 まあ、仕方ないよね。ミニマリズムってのは人に強要するものじゃない。相手がたとえ家族であったとしても。強要したら犯罪に繋がりかねないもん。人のものを勝手にいらないと断定して捨てるほど、私は人間やめてない。
 それにしてもやることがないな。
 部屋の中には何もないし、必要な仕事はちゃんと勤務時間内に終わらせてる。
 机代わりの段ボール箱の前にぽかんと座る。
 仕事関係の物だけが別の段ボールに仕舞われた、その他には何もない部屋。
 何にも興味が湧かない。何もやる気にならない。
 まあいいか。休日っていうのは休むためにあるもんだし。
 このまま座って時間が過ぎるのを待ってるだけでも構わないでしょ。 

 ……どうしたのお母さん。
 最近泣いてばっかりだね。私何かした?
 私がおかしくなったって、ひどいな。部屋を片付けただけだよ。
 ……今日は出かけないのかって、だって、出かける場所がないもん。会いたい人とかもいないし。
やっぱりおかしいって、だからひどいって。
 ……それ。私捨てたはずじゃない。勝手に取っておいてたの?
 思い出まで捨てるから何にも興味が持てなくなるんだって、そんなのお母さんに関係ないじゃん。いらないったらいらないんだよ。ちゃんと捨てておいて。
 元々さ、私には特に趣味とかなかったじゃん。部屋に物があろうがなかろうが、私が元から何もない空っぽ人間であることに変わりはないんだよ。
 だから、私が今日何もやることがないのは今に始まったことじゃないんだよ。
 むしろ最近は充実してた方だよ。やることがあって。
 わかったら、出てってよ。
 私はこのまま部屋にいるからさ。
 お母さんがそれを必要だと思って取っておくのは止めないけど、私には必要ない。
 私の断捨離の邪魔しないでよね。

FIN.

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