本当の願いを/志月ゆかり

 ふわぁ~あ……よく寝た……
 あ、僕を起こしたの君?
 どうしたの、そんな思い詰めた顔して。
 まあ僕を起こす人は大体みんなそんな顔してるけど。
 ……あは、今度はすっごいきょとんとしちゃって、君かわいいね。 

 それじゃあ改めて自己紹介しようか?
 僕は全能の魔人、僕を起こした人の願いを何でも三つ叶えてあげるよ。
 まあ、その代わりに死後君の魂は僕のものになるけどね。もちろん、それは承知の上で僕を呼び出したんだよね?
 じゃあ、新しいご主人様、君の願いを聞いてみようか? 

 ……え、その前に確認したいことがある?
 あ、そう。珍しいね。
 ああ、うん、大丈夫、別に質問をすることは「なんとかを知りたい」とかいう願い事には含まれないよ。そこまでひどくないよ僕。
 ……じゃあ心置きなく質問できるって? ああうん、よかったね。
 なんか面倒そうなのに当たったなあ…… 

 それで、確認したいことっていうのは何?
 ……魂が僕のものになるっていうのはどういうことか? そんなこと? そんなこと先に知ってどうするの? 願い事しづらくならない? うーん、まあ簡単に言うと、君の死後、君の魂は僕の眷属になって、永遠に僕の思い通りに働かないといけないってこと。あとはまあ、別に眷属いいやってときは食べちゃうこともあるけど。人間の魂って美味しいんだよね。……全能なのになんで眷属なんかいるのかって? それ知る必要ある? まあ地獄にも勢力争いみたいなものがあるんだよ。詳しく話すと本当に長くなるからやめといた方がいいと思うよ。 

 ……え、まだ聞きたいことあるの?
 願い事に禁止事項や、僕にできないことはあるか?
 ないよ。できないことも禁止事項も。全能の魔人って言ったでしょ。
 誰かに自分を愛させることも、誰かを殺すことも、莫大な富を得るのも、世界を支配するのも滅亡させるのも自由だよ。好きにしなよ。
 まああんまり面倒な願い事されると、君の死後ちょっと仕返ししたくなっちゃうかもしれないけど。そんなこと、僕を起こすくらい切羽詰まってる君には関係ないよね。……え、ないよね?
 ああ、あと一応言っとくけど、「死後魂を僕のものにするのをなしにする」って願いはなしね。僕の利益なんもなくなるから。こっちも慈善事業じゃないんだよ。 

 それにしても、君、僕を起こしたにしてはずいぶん落ち着いてるじゃない。普通そんなこといちいち聞かないで願い事言うもんだよ? 自分ではどうしようもない願いだから僕に頼るんでしょ? それも僕に頼らないといけないくらい重要なことなんでしょ? そんなに用心深いのに、なんで僕なんか起こしたの? 

 あー、いいよ興味ない。君の事情とか僕には一切興味ないから。
 そんなことより早く願い事言ってくれない?

  まだ確認事項あるの? 多くない?
 ……は? 願い事のクーリングオフは可能かって? 可能なわけないじゃん。人間の悪徳商法じゃないんだよ? ……いや、じゃあ万能じゃないじゃんって、違うから。時間を戻すことだって願い事で叶ったことを取り消すことだって、僕の能力なら可能だよ? 可能だけど、そんなことしてやる義理はないって言ってんの。さっき言った魂を僕のものにするのなしってのは無理ってのと一緒。
 もういいから早く願い事言ってくれない? 退屈すぎて眠くなってきた。 

 ……まだあんのかよ。
 願い事はいつ言ってもいいのかって? あー、まあいいよ。二つ目の願いを十年後に言って、三つ目の願いを五十年後に言ってくれても僕は一向に構わない。ただ、その間に僕が封印されてるランプを別の人に取られたり、君が死んだりしたら、願いが三つ叶わないまま魂だけ僕のものにするけどね。 

 で? 他には?
 ……「願い事の数え方」? 何それどういう意味? 願い事の条件付けは別の願い事としてカウントするかどうか? わかんないけどめんどくさいから条件つけるなら条件つきで一個の願いカウントでいいよ。もう本当めんどいなあ君。 

 ……ああ、やっと願い事を言う気になったの。遅いよ。いや別に遅いから何ってことはないけどさあ。わかれよ。
 ……え? ……は?
 え、ちょっとごめん、もう一回言ってもらっていい?
 いや聞き取れなかったとかじゃなくて、ちょっと予想外過ぎて。

  ……うん……うん……
 えっと、僕帰っていい?
 いや、無理とかじゃないけど。無理とかじゃないけど!
 ……いややっぱ無理ってことにしていい?
 「誰の迷惑にもならないように自分を殺してほしい」って。
 いや何それ。
 いや、君の事情に興味はないけど、そういう事態を回避するために僕を起こしたんじゃないの? 何その願い初めて聞いたんだけど。
 確かにね? 自分で死ぬ場合誰かには絶対迷惑かかるもんね? そういうことが可能なのは僕くらいなもんだよね? それはわかるよ。でもさ、でも、でもさあ。
 ……何、なんで死にたいの。
 いや興味はない! 興味はないよ! でももうちょっと考えてみな? さっきまでの用心深さどこいったの? 大体一個目の願いで君が死んだらその時点で君の魂僕のものになっちゃうけどいいの? 今君が直面してるより辛い目に遭うかもしれないよ? それでもいいの? ……いいの!? なんで!? 怖い! 

 ……まあなんだ、一応さ、僕三つ願い叶えてあげられるからさ。それ最後の願いにしとかない? とりあえず君が死にたくなる原因を排除するような願いを先に言っとくのはどう? 会社が嫌なら超絶ホワイト企業に転職させてもいいし、働かなくてもいいくらい莫大な財産を与えてもいいし。人間関係が嫌ならそいつ殺してもいいわけだし。ほんと僕なんでもできるからさ、一旦よく考えてみな? 

 ……おぉ、思いついた? いいね、言ってみよう! なんでも叶えてあげるから!
 ……いやだからさあ、そういうのじゃないんだって!
 「自分が死んだ後の魂は眷属にするんじゃなくて食べてほしい」とか、そういう話じゃなかったじゃん今!
 ……はー。「自分についての記憶をこの世の全ての人間から消してほしい」とか。もうわかったわかった。そんなに消えてなくなりたいんだね?

  うん。わかった。
 僕には無理。
 君の願いは叶えてあげない。
 ……あのさあ、僕を舐めないでくれる?
 それが君の本当の願いじゃないことくらいお見通しなわけ。
 僕がこれまで何人の人間を相手してきたと思ってるの?
 君の願いは大抵の人間がする考えなしな私利私欲に満ちた願いとは違う。僕はそういう人間が最終的に破滅していくのを見るのが好きなんだ。最初から何もかも諦めた人間の自殺を手伝うなんてまっぴらごめんだよ。
 君が本当の願いを口にするまで、僕はずっとここにいるから。
 君が生きる気になるまで、ずっとそばにいるから。
 絶対に君の本当の欲を引き出してみせるから。
 覚悟しとくんだね。
 じゃ、そういうわけで、これからよろしく、ご主人様? 

FIN.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?