free「大好きな戯曲を現代語にしたいけどしたくない」
好きすぎると無理。まぁこれ何にでも言えるんだけどさ、何事もほどほどがいちばんらしい。たとえばあまり好きじゃない言葉なら直せる。
春はあけぼの
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春は花粉症
みたいな。まぁもう、別にそんな思い入れとかないから、何にでも変換できる。春のいちばん好きなとこっていうか、もう逃げられないから諦めて特徴的なものとしてあげられる。
でも、これは無理だな、ってのが。
「あなたをムーア人として愛してる」
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「あなたの肌の色や育った環境もすべてまるごと愛してる」
全然だめ。ただの人種差別、そりゃあオセローも「やっぱり気にしてんじゃん!もういいよ」ってなっちゃう。
まぁラブラブな新婚さんなんか、多少夫婦喧嘩しちゃっても面白いと思うけど、それじゃあ何百年も愛される戯曲になんかなるはずないわけ。
てなことを一日中考えてしまうくらいには、シェイクスピアと演目を愛してる。たった1日の休演日に抜け殻になってしまうくらいには、ずっとずっと好きなんだよ。あぁ明日からインフルとかで出社停止にならんかなぁ、なんで仕事いかなあかんねん。ずっと劇場に通いたいねん。ずっと愛憎劇の沼に浸ってドキドキしてたいねん。
まぁこんな幸せな悩み、久しぶりだから許してくれ。
演劇は生きていくのに必ず必要ではない。けれど、演劇がないとダメな人もきっといる。そんな人たちにあたたかいものが届いていたら幸いです。___推しの思い。届きすぎるくらい届いてるちゅうねん。あたたかくなりすぎて、のぼせ気味っすわ、ちょっと頭冷やさないと。
幸せな悩みは、大人としての責任が伴う。仕事も勉強も、義務も約束も、ちゃんと果たしてこそご褒美を得る。その方が得られる「あたたかいもの」の価値もあがるってなもんよ。たとえ有給を使い果たして数ヶ月後に後悔しても「今できることをしない後悔」よりはマシだと。
いつか絶対に、大好きな戯曲も現代語にできるようになるんだ。まぁ言うだけタダだしな。大好きだからこそできることもあるって証明したる!!
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