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完璧な第一話を求めて        第1回 僕のヒーローアカデミア

 第一話を読んだ瞬間から、これは名作になると感じさせてくれる作品があります。勿論それが本当に名作になるのか、そこそこの良作で終わるのか、はたまた凡作として終わってしまうのか。その行きつく果てが判明するのは、ずっと先のこと。
 しかし、創作を志す者にとっては、『完璧な第一話』あるいは『完璧な導入』というのは夢想せずにはいられない理想の一つです。『完璧な第一話を求めて』は、私が『完璧な第一話』だと感じた作品や、もう少しのところまで迫ったと感じた作品を分析し、そこから何かを学び取ろうという企画です。


 特に『週刊少年ジャンプ』では、アンケート至上主義のもと厳しい打ち切りレースが展開されていることから、第1話から読者の関心を掴むための様々な工夫が研究され、生み出されてきたことと思います。
 第1回で取り上げるのは『僕のヒーローアカデミア』!!
 作者は堀越耕平先生。
 2014年32号 から週刊少年ジャンプで連載。コミック既刊33巻(2022年2月現在)で現在も連載中。
 ジャンプ連載デヴュー作であった『逢魔ヶ刻動物園』。画力の高さ、キャラクターデザインの秀逸さから期待されていましたが、あと一歩跳ねる要素が足りなかったか1年足らずで連載が終了。続いて連載2作目の『戦星のバルジ』が短期打ち切り。実力はありながら、ファンの熱い期待に応えるだけの結果が出せないといった感じでした。
 こうして追いつめられた作者が満を持して送り出した作品ということもあってか、第1話から完璧に近いものに仕上げられています。
 丁度2014年はNARUTO、べるぜバブ、黒子のバスケが終了し、週刊少年ジャンプが世代交代を迎えていた時期。次世代の柱となる作品の一つとして、一躍注目を浴びました。

第1話は54pあります。

オープニング①
1p 「人は生まれながらに平等じゃない」 緑谷出久4歳

 序盤3話くらいまでのテーマとなる主人公の挫折を端的に描いていますが、この後2-3pの見開きぶち抜き大ゴマドーンへの溜めという印象。このページだけでは内容も良く分からないし、個人的には他の書き方もあるかなと思う1ページですね

オープニング②
2p-8p 『シンリンカムイ、Mrレディの活躍』

 二人のヒーローが活躍するある日の日常を描くことで主に世界観を描写をしています。主人公出久がヒーロー志望であること、ヒーローオタクであることも示されています。
 ある日から人間が「超常能力」を持つ超人社会になったこと、超常能力をつかった犯罪者とそれを取り締まるヒーローの存在、ヒーローが公的に職務として認められていることがわかります。
 アメコミヒーロー的世界観については、現代の読者には十分に素養ができていると思えるので、この程度の描写で十分に伝わると思います。
 第1話では世界観よりも主人公の描写が大事なので、こういった主人公が傍観者となるシーンの分量には注意が必要。ナレーションだけの4pを除いた20コマ中出久が描かれているコマは9コマ+後ろ姿1コマ。主人公が主体的に動くシーンではないが、できる限り主人公を描くことに配慮してることが伺えます。

MOREMORE:見開き合わせてわずか6pの捕り物シーン。この間に、2人ヒーローを出し、Mrレディがシンリンカムイを出し抜くという『ドラマ』を盛り込んでいるのは秀逸だと思います。私のような凡人であれば、ここは世界観を示すためにヒーローによる捕り物シーンを入れればそれでヨシとしてしまうところ、貪欲に『ドラマ』を盛り込むことで世界観を深めてますね。そして、それが出来ているのは、少ないコマの取捨選択が出来ているということです。

第1幕①
9p-12p 進路希望

 オープニングが終わり本編が始まります。
 様々な「個性」を持つクラスメートを描くことで、『特異体質』を持つ超人社会であることが表現されています。すでに4pで説明されている事実ですが、言葉で説明するのではなく漫画なら『画』で、小説なら『出来事』できちんと描写することは大事ですね!
 高校にヒーロー科があること、雄英高校が超エリート校であること、主人公出久が雄英志望であること、無個性であることが描かれています。そして、主人公出久と対になる存在である爆豪君の存在。
 前のシーンで描かれた『ヒーローになりたい』という主人公の目的が、『超エリート校である雄英高校のヒーロー科に入ること』として具体化されていることがポイントですね。主人公の目的が抽象的な場合、それを具体的な行動として提示することは『物語に導線を引く』ことになります。
そして、『無個性であること』、これが主人公の挫折になるわけですが、『雄英高校のヒーロー科に入る』という具体的な目的の障害になっていることも(爆豪のいらだちとクラスの嘲笑という形で)示されています。『画』で描写することが徹底されてますね。
 爆豪君の見た目が派手な『個性』が、表現の上でもうまく作用してますね。

MOREMORE:4ページ24コマ中17コマに出久が描かれています。前から横から後ろから。ドアップに、頭の上から。自由自在に描けるのは流石のの画力の高さですね。動きがなくても描けるシーンですが、机に飛び乗る爆豪君ともども、動きをつけているあたり、素晴らしい。考え抜かれてますね

第1幕②
13p-20p 出久の挫折

 13pは超人の強盗と謎の男が登場する短いシーンを差し込み。
 ヒロアカはいわゆる挫折から始まる物語です。
 挫折は主人公に対する読者の共感を呼ぶ優れた手段の一つです。
 作者としては、この挫折をどれだけしっかりと描けるかが問われるポイントになりますね。
 再び教室でのシーンですが、主人公出久君、爆豪君からキツイイジメを受けます。爆豪君の存在はあとの展開の前振り(①)でもあるわけですが、嫌われ役を一人用意するというのも主人公への共感を生む定石ですね。
 ノート(=出久の夢と努力の象徴)が燃やされるという形で、主人公が追い込まれている状況をヴィジュアルで表現している点もイイ。こういう『象徴の設定』は後々で再利用できるので、作劇では常に心に留めておいた方がいいでしょうね。
 これだけのことをされても何の反撃もしない主人公の性格。

 そして、過去の回想シーン。ヒーロー志望のきっかけがあるヒーローの活躍にあることが描かれています。続いて、個性がないことを宣告されるシーン。目に涙をためてヒーローの動画を見る出久。出久を抱きしめて泣いて謝る母親。「違うんだお母さん あの時、僕が言ってほしかったのは……」

 まず、このシーンは出久の顔芸が連発されます。笑えます。出久の感情を伝える大事なシーンですが、やっぱり笑えます。
 そして、出久君に個性がないことを説明する医者。足の関節がどうこう……これは一種のボケですね。出久に個性がないことを示す理由としては、無駄な設定です。ここは1話の中でも一番重たいシーンなので、少し軽い空気を入れるためにとぼけた感じにしたのでしょう。
 出久を抱きしめる母親のシーン。心をかき乱される痛烈な一撃です。どんなに馬鹿にされたり、笑われたりするよりも、本人にはきつい。はっきり言ってコレを書けた時点で「勝ち」じゃないでしょうか?ガッツリと読者の心を掴みます。
 そして、「あの時、僕が言ってほしかったのは……」というセリフ。コレも後半への重要な振り(②)です。

 最後に深い挫折の中にあって「周りの言う事なんて気にするな!!」「グイッと上見てつき進め!!」。自分を𠮟咤し決してあきらめない主人公のヒーローとしての資質がきちんと描かれています。これも共感を呼ぶ大事なポイント

第2幕①
21p-27p 運命の出会い。襲われる出久とヒーロー・オールマイト

 突然、ヴィランに囚われ、命の危機にある出久が見つめたのは、ノートに描いたヒーローの姿。「嫌っ…」という心の叫びと目に貯めた涙。22pの最後の2コマですがこれも後半への重要な振り(③)です。

そしてオールマイトの登場。「生だとやっぱり画風が全然違う!!!」という出久君のセリフもありますが、オールマイトが登場すると、作品のテンションが変わります。これもとても大事な要素。登場するだけで空気を変えられるというのが主人公に必要条件であり、特権でもあります。この役割を本作のもう一人の主人公であるオールマイトが担っているわけです。

MOREMORE:オールマイトがただ登場するだけで①風圧で出久の顔の皮がめくれる②生だとやっぱり画風が全然違う③「サイン→してある」怒涛のギャグ3連発です。ギャグ&シリアス系の作品は、空気を変えるポインタとなるキャラクタは重宝します。

第2幕②
28p-34p 絶望のどん底へ

28p、襲われる爆豪。短いシーンを差し込みを挟み、後半へ。
 出久はここでオールマイトの真実を知ってしまいます。全体のプロット上は重要なシーン。ただ第1話のストーリーの上で大事なのは、ここで憧れのヒーローであるオールマイトに出久が否定されてしまったことですね。
「"個性"のない人間でも貴方みたいになれますか」これはまさに本作のテーマです。そのテーマを憧れのオールマイトにぶつける出久。
『「"個性"がなくとも成り立つ」とはとてもじゃないがあ、口には出来ないね』という極めて正論をぶつけられ、出久は現実を見ろと諭されてしまいます。まさに絶望のどん底へと叩き落とされます。

第3幕
35p-50p 出久の決断

 爆豪を取り込みその個性を使いこなす超人の強盗。Mrレディは狭いところに入れない、シンリンカムイは火炎は苦手と言うことで誰も強盗を止めることができません。

 プロのトップに言われ、現実を思い知った出久は消沈の中、帰路にあった。超人の強盗が暴れていることを知り、自分がオールマイトに無理を言ったことが原因だと自分を責める。自分には何もできない、助けが来るのを待つしかないと心の中で謝る出久だが、囚われている爆豪の顔を見た瞬間、彼は飛び出していました。
 見開きぶち抜き大ゴマドーン!最大の見せ場に出し惜しみなしです。
 助けを求める爆豪の目は、出久が囚われたときのソレと同じでした。誰もが納得の綺麗な伏線回収。

 個性のない出久。そんな彼にできること。ノートが彼を助けます。
 シンリンカムイの先制必縛ウルシ鎖牢をヒントに、相手の出鼻をくじく先制の一撃。
 しかし、彼にできることといえばその程度のこと。周囲の人間には自殺行為にしか見えません。
 しかし、「君が救けを求める顔してた」という出久の言葉、それがオールマイトの心を突き動かします。肉体の限界を超えて血を吐きながら飛び出したオールマイトはヴィランを一撃で粉砕します。
 

終幕51p-54p 

オールマイトから「考えるより先に体が動いていた」という
トップヒーローの共通項を聞き、その上で「君はヒーローになれる」という言葉を貰う。出久は、自らの行動でオールマイトの評価を覆したのです。
そして、それはあの時、母親に言って欲しかった言葉でもありました。

総評

 テーマは主人公の挫折と抵抗です。クラスメイト、医者、母親、そしてオールマイトすべてが彼のヒーローになるという夢を否定します。特に憧れであるオールマイトとの邂逅が、最後の一撃になるという皮肉。
 そしてそこからの逆転劇。彼自身のヒーローの資質によって、そして諦めずに抱き続け、運命に抗い続けたことでようやく辿り着いた場所。一度は出久を否定したオールマイトによってすべてが覆されるカタルシスはお見事としか言いようがない。 
 あと読み返していて気付いたのは出久の表情の豊かさ。漫画ではこの「表情の豊かさ」て本当に大事なんですね。読者の興味はキャラクターがある状況に置かれたときにどういうレスポンスをするか。それが快適なものであったり、意外なものであったり、独特なものであるほどそのキャラクタの魅力が増します。表情というのは分かりやすいレスポンスです。

採点
どういう作品か、どういう読者層に向けての作品か明確だ
★★★★★
主人公が主体的に行動し、決断している
★★★★★
主人公に感情移入できる
★★★★★
登場するだけで空気を変えたり読者がワクワクするキャラクターがいる
★★★★★
ストーリーにカタルシスはあったか
★★★★★
物語に導線が引かれている
★★★★★
言葉でなく「画・動き」で表現ができている
★★★★★

70/70満点です


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