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完璧な第一話を求めて        第2回 ハチワンダイバー

 完璧な第一話を目指して、名作に学ぶこのコーナー第2回目は、
ハチワンダイバー。
作者は柴田ヨクサル。週刊ヤングジャンプに2006年41号から2014年33号まで連載。
単行本全35巻。
2008年にテレビドラマ化されました。
デヴュー2作目となる「エアマスター」が10年に及ぶ長期連載、アニメ化も果すなどの大人気作。独特の画風と言語感覚で多くの信者を獲得していた柴田ヨクサルが『ヤングアニマル』誌から週刊ヤングジャンプに移籍して書く新天地での1作目がこのハチワンダイバーです。次回作を期待して待つ信者たち、お手並み拝見と厳しい視線を向ける精鋭のジャンプ玄人読者たち。
プレッシャーは半端なものではなかったはずです。
 しかし、柴田ヨクサルはそのすべてを吹き飛ばし、読者全員を納得させた計算されつくした完璧なオープニングを描き出しました。
 『ハチワンダイバーの第1巻』は完璧を意味する慣用句です、私の中では。
 第1話は57pあります。

1p-7p 「プロ棋士を目指した男の成れの果てが僕だ」

 主人公菅田が奨励会出身でプロになれなかった男であること、今は真剣師であり、無敗であることが描かれています。
 将棋好きでなければ、ちょっととっつきにくい設定です。
 将棋好きでも真剣師といえば、まず浮かぶのが小池重明。それくらい。やはり違法ということもあって、真っ向から描かれたことはなく当時でも漫画のネタとしては新鮮でした。
 一方、「満31歳の誕生日までに四段に昇段できなければ奨励会を退会」(勝ち越し規定で満29歳まで延長可)という奨励会規定については、将棋漫画では繰り返し描かれるオーソドックスなテーマ。なぜなら、すべての夢を追い、夢を叶えられなかった人間に響くテーマだからです。
「だけど…将棋以外…能がない」という菅田のセリフは万人に刺さります。夢を追いかけ、すべてを犠牲にし、社会性までも失い、最後には何も残らない絶望。実は多くの人間が大なり小なり体験していることであったりします。
あとは将棋という題材に乗せられたこのテーマが読者のアンテナに届くかどうか。
私には届きました。4p目、部屋に山と積まれているのは将棋雑誌や棋譜でしょう。将棋がすべての男の姿が「画」で描かれています。そして、彼のプライドの象徴である瓶詰のお札。
夢破れた男の表情が秀逸です。

1幕①
8p-11p 勝ちすぎた男

勝ちすぎて相手がいなくなった菅田。
真剣師と食っていきたいなら、適度に負けないとなどとアドバイスを受けるが、「将棋指しとしてワザと負けるなんてできない」と答える。彼のプライド。

1幕②
12pー22p 菅田敗れる

誰とでも勝負を受けるという「アキバの受け師」の話を聞き、秋葉原を訪れる菅田。「アキバの受け師」と対局。負ける気など1ミリもなかった菅田だがあっけなく敗れる。
相手の棋力も知らないでいきなり「5万円」で勝負する菅田、完全に慢心しています。

2幕①
23pー27p 背骨が折れかかった男

 部屋で悶絶する菅田。前回も言及しましたが、主人公の表情の豊かさは、キャラクタの魅力を引き立てる重要な要素。素人相手なら勝って当然と慢心し、どこか無気力だった菅田だがここでは全力で悔しがる。表情だけでなく全身で悔しがります。
 「僕の背骨が折れる」は名言。自分の背骨が折れそうになる瞬間、これは私自身体験したことがあります。バットマンではないです。
 「この負けで人生ごとダメになる」そういう瞬間。この2ページで一気に感情移入させられますね。
 ここでいったん深呼吸。久しぶりに将棋の研究に打ち込むために、まず部屋を片付けようという発想から、部屋のお掃除サービスを呼ぶことに。
前回の「僕のヒーローアカデミア」に引き続き、今回も主人公の挫折の話。
①プロ棋士になれなかった主人公が、②「アキバの受け師」と出会い、③最後のプライドもへし折られる。それがここまでのお話。
挫折を描くことでまず読者の主人公に対する共感を高めるターンです。ポイントはやはり「表情」を描くことでしょうか。


2幕②
28pー36p メイドさん

 お掃除サービスに来たのがメイドさんだった。そしてなんと、そのメイドさんは「アキバの受け師」と同一人物!?
 3幕とはシームレスですが、見開きで「アキバの受け師さん?」と尋ねるところまでを第2幕としました。
 「アキバの受け師」が、なぜかメイドさんをしているという展開は、「転調」であり、物語に捻りと加えているわけですケド、「ボーイ・ミーツ・ガール」要素を入れ込んできたと分析できます。
「ボーイ・ミーツ・ガール」はハッキリ言って最強の物語要素です。
 男の子が女の子に出会い、恋をして、自分を変えたいと思う。その想いから始まる物語は確実に面白い!面白くないはずがない!!
 ハチワンダイバーでも欠かすことのできない要素。ただし第1巻では控えめで、まだその要素はほとんど顔を出しません。

 ヨクサル画なために(私は)全く欲情できませんが、メイドさんコスで現れる「アキバの受け師」さんは、前回言及した主人公に求められる『場面の空気を変えるだけのキャラクター性』に当てはまるでしょう。特に寡黙な「アキバの受け師」とハートマーク付きの「メイド」の『ヒロインの二面性』というモチーフも読者の心をくすぐる要素ですね。

3幕
37pー57p 「再戦 メイドヴァージョン」

メイド姿の「アキバの受け師」と再戦。しかし、やっぱり敗北。瓶いっぱいにため込んだ全財産を失う。
500倍のレートで挑むのは全く合理的ではないですが、だからこそカッコいい。外連味ある演出ですね。
 垣間見せた真剣師としての表情から、一転してハートマーク付きのご主人様。メイドというキャラクタが真剣師としての顔と補完しあうことでキャラクタの魅力が増している恒例ですね。ナイスな設定です。
そして、まず叫ぼう「ゆるせん メイド 真剣師ィ いいいいいいいっ」 ここで「アキバの受け師」に勝つという分かりやすい目標も読者に示されています。導線の提示です。

2話以降の展開にも簡単に触れていきます。

第2話 「強いわよ」

(1)全財産を失い、最後に残った将棋の駒を質入れして15000円を手にする。牛丼食べて、場代を払えば残りは3000円ちょっと。まさにどん底。「駒の質入れ」という出来事として、どん底を描けているのが良い。
(2)そして青天の霹靂、チャンスの到来。1局20万円の勝負を申し込む男。思わず手を上げるが、金がない。そこに「乗り手」(代わりにお金を出す人)に名乗りを上げたのがなんと「アキバの受け師」さん。
菅田を評してたった一言、「強いわよ」
しびれるシーンですね。
(3)男が決めたルールは「1分切れ負け」。菅田に言わせれば「アホか!それはもう将棋じゃないだろ」。動揺する菅田を支えたのは彼の20年の将棋人生。一瞬で「狩る側」の表情に変わります。ここもいいシーン。
(4)「ここだ!!貫けっ」「肉に嚙みつきっ」「骨を砕き」「叫ぶ間もなく」「息の根を止める」熱い将棋のシーン。この外連味たっぷりの演出が柴田ヨクサルの持ち味ですね。将棋なんてなーんも分からん人間でも、すさまじい戦いがあったことは伝わってきます。格闘漫画家の真骨頂ですね。
「それはたった1分48秒のでき事だった」「アラ?負けか?俺の…」あたりも外連味溢れててよいですね。
 将棋漫画の永遠の課題。将棋の勝負をどう描くのか。この点きちんと解答できているところが「ハチワンダイバー」が生き残った理由でもあります。
(5)勝った金で「メイド」さんを呼びました。


3話 「ご主人様のメイドでいさせてください」

(1)もう一人の主人公「アキバの受け師」さんに迫る第3回。なぜ彼女は将棋が強いのか。なぜメイドをしているのか。謎に包まれた彼女の正体には全く迫れないで終わりました。
(2)その代わりに目隠し将棋をしました。
(3)惚れちゃいました。
「ボーイ・ミーツ・ガール」要素を再確認した第3回。『彼はなぜ彼女を好きになったのか』という恋愛物語で避けては通れないテーマ。それに対する「目隠し将棋」をしたからという回答。
「将棋に憑りつかれた人間のみが出来る会話」と作中で表現されることで、説得力を補強しています。
駒を質入れしていることが自然な伏線になっているのが憎い。
このワンステップをきちんと話の中に盛り込めるかってのが結構大事なんだと私は思ってマス。
(4)「アキバの受け師」さんに三度目の敗北をした菅田。たった今から本気で真剣師の道を生く決意をします、それが具体的に描かれているのが第4話になります。

第6話 「ハチワンダイバー」

第6話、最後のコマで菅田は自らを「ハチワンダイバー」と名乗ります。見事なタイトル回収で、1巻終了です。
ハチワンダイバー第1期はこれで終了といっていいほどの完成度の高い第1巻でした。

総評

① 前回に引き続き挫折とそれに抗う男の物語。挫折とさらなる挫折を上手  に描くことで、読者の感情移入を誘います。
② ライバルあるいは超えるべき壁としての「アキバの受け師」を描いた後で、メイドとしての彼女を描くことで、二面性の魅力を産んでいます。加えて、「ボーイ・ミーツ・ガール」要素を盛り込んでいくことで物語に厚みを作っています。
③ 将棋という万人に受けるわけではないテーマを、独特の外連味ある演出と言語感覚で、格闘技的に魅せることで幅広い読者の支持を得られています。
④瓶に詰められた千円札や、質入れされた将棋の駒など、小道具の使い方も上手

こんなところを真似していけたらと思いました。

採点
どういう作品か、どういう読者層に向けての作品か明確だ
★★★★★
主人公が主体的に行動し、決断している
★★★★★
主人公に感情移入できる
★★★★★
登場するだけで空気を変えたり読者がワクワクするキャラクターがいる
★★★★★
ストーリーにカタルシスはあったか
★★★★★
物語に導線が引かれている
★★★★★
言葉でなく「画・動き」で表現ができている
★★★★★

70/70満点です


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