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艶書の執心、鬼となりしこと

伊賀の国の喰代(ほうじろ)という所には、六十も寺が建っていた。

一休禅師が修行でこの地を通った時、日が暮れたので宿を借りようとあちこちの寺を回ったが、人ひとりもいなかった。
一休は不思議に思い、残りの寺もすべて行ってみると、ある寺に美しい少年がひとり居た。
その寺の、召使いだった。

一休が一夜の宿を乞うと、少年は
「お易いことではございますが、この寺には夜な夜な化け物がやって来て、人をとり殺します」
と、云う。
一休は、出家の身なので心配には及ばぬ、と返した。
少年は「では、どうぞ」と、客を接待する部屋に一休を入れ、自分は隣の部屋に寝た。

その夜。
少年が眠る部屋の縁の下から、手毬ほどの大きさの火が、ポッと現れた。
フワッ、フワフワッと幾つも現れ、やがて少年のふところへ入っていったとみるや、たちまち六メートルあまりもある鬼となった。
鬼は、一休の部屋に入って来た。
裂けた口から、低い声が洩れた。

「今夜、この寺にお泊まりになるお坊さま。どこにおられます。取って、食いましょう」

鬼は探し回ったが、一休は仏の教えに心を委ねていたので、鬼の目には見えなかった。
しばらくして夜が明けた。
鬼は少年の部屋に帰ったようで、消えていた。

一休は不思議に思い、少年に云った。
「そなたが寝ている部屋の縁の下を、見せてくれぬか」
みると、そこには血で書かれた手紙が、数知れず薄い闇に埋もれていた。

それらは、この少年を人知れず恋した者たちが、己れの血で書いた恋文だった。
少年は返事も書かず、それらを縁の下へ放り投げていた。
そして、恋文を書いた者たちの囚われの心が降り積もって火の玉となり、夜毎少年のふところに通い、ついに鬼となったのであった。

一休はこれらの手紙を全て焼き、経を上げた。
その後、鬼が現れることは無かった。

(古文を現代語訳に直して書きました)

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