Yちゃん

文章の練習をしたくてnoteに登録してみたので、早速何か書いてみようと思います。


さて、タイトルにあるYちゃんですが、この子は私が大学生の頃に家庭教師をしていた子でした。
私が大学2年生の頃、中学2年生だったYちゃんはちょっと訳アリな子だと家庭教師の本部から聞かされていました。その分、授業や給料の形態が特異だとも。
まずYちゃん側の事情で、教える場所がYちゃんの家ではなく、一人暮らしをしている私の部屋。汚部屋製造機の私はこの時点で死ぬかと思いました。
もう一つ普通ではなかったのは、Yちゃんは学校の授業についていけず、塾でも匙を投げられた子だということです。親御さんとしては、勉強よりも話し相手になってほしいようでした。
時間は隔週で木曜日の夜に2時間、教科は国数英。特に数学を見てもらいたいというのが、家庭教師本部から私に伝えられたことでした。

家庭教師初日。
汚部屋製造機の私はその前3日間ほど、サークルの練習を早めに切り上げ、誘われた飲み会も全て断って部屋を片付けました。
6畳しかない部屋にベッドとテレビ、パソコンデスク、食器用のカラーボックス、ハンガーポール、本棚、ゲーム機、ちゃぶ台。

狭すぎます、◯オパレス。

というのはさておいて、Yちゃんがとうとうやってきました。
お母さんの車に乗って、初回ということでお母さんも部屋の前までやってきました。
よろしくお願いします、と何回も念押ししてくるお母さんは少し疲れたような、でも子供の前だからか頑張って明るくしているような印象を受けました。
私は家庭教師をすること自体初めてでしたが、本部を通して、親御さんが成績アップのために家庭教師を望んでいるわけではないことを聞いていましたので、わかりましたとだけ言って、迎えにきてもらう時間を確認し、Yちゃんを部屋に招き入れました。

最初は国語、次に英語、最後が数学という順番にしようとYちゃんに話すと、Yちゃんは固い顔で頷きました。
その時点で私はYちゃんより20センチくらい大きかったですし、悲しいことに老け顔のため高圧的なおばさんに見えたんだろうな、と思って内心落ち込みました。お化粧頑張ったのに。
ですが、時間が進むと、それは違うのだとわかりました。
Yちゃんが人見知り気味なのは確かだったでしょう。
ですが、それ以上にYちゃんは勉強がしんどかったようでした。

◆国語
文章を読むこと自体は問題なし。
問題文を読んで、出題者の意図を汲むことは苦手。

◆英語
単語は覚えられるけど、変化(三単現のSとか過去分詞、現在分詞)が覚えられない。
文法も時制を考えると怪しい。

◆数学
足し算、引き算を指折り数えながらでないとできない。
正負の概念が出た時点でフリーズ。

「あー、これか。
これは塾はしんどいな」
というのが率直な感想でした。

その日の最後にはなんとか正負の簡単な掛け算までできるようになるんですが、次の回にはできなくなっています。
教育学部でもない私はどう教えればいいのか悩みました。
数直線、コイン、テープ、色……。
前回の授業をスコンと忘れているので、毎回違う教え方で、どれが一番合っているか手探りの日々でした。
もちろん、学校の宿題はYちゃんが解くには難しすぎるので、毎回10問くらいの問題をレポート用紙に書いて渡し、できる分だけ答えてみてと伝えていました。

学校の宿題?
そいつには適当な答え書かせました。
宿題を『やったという成果』があればいいみたいだったので、それっぽく見せかけるというか、頑張って考えてもわからなかったところにはサイコロ転がして出た数字でも書いておけばいいよ、と。
Yちゃんは本当に真面目な子で、言われたことは絶対にやらなければいけないと思っている子だったので、いつも宿題に3時間とかかけていたらしいので。
そこまで時間かけても間違っているからと怒られるなら、もっと手を抜いて怒られても同じことですし。
代わりと言ってはなんですが、私が教えた時に間違っていたら一緒に問題を解き直すだけで責めないし、正解したら精一杯誉めました。
ついでに、正解した時は休憩時に出すちっちゃいお菓子をちょっと豪華にして、学校生活についてとか世間話なんかをする時間を長く取りました。

あれ、家庭教師ってなんでしたっけ?

そんな感じで過ごす中、ぼんやりと考えていたのは
「これが発達障害なのかな」
ということでした。

これが読字障害だったらすぐ疑っただろうけど、なんとなく誰もがYちゃんを『数学が苦手な子』として見てきたような気がしました。

一応、親御さんとはメールでもやり取りしていましたので、発達障害の可能性と、大学図書館とネットの海で調べた発達障害についての概略をお伝えしました。
例えるなら、Yちゃんは足も車椅子もないのに陸上のトラックを走らされているようなものだと思ったので。
なんで周りの子たちと同じようにできないのか、本人もすごく悩んでいることを雑談の中で教えてくれました。
私の前ではいつも屈託なく笑ってくれるようになりましたが、相変わらず学校では先生に怒られることばかり。
小テストや通常のテストで少し点数が上がりましたが、それでも平均なんて遠い夢……な点数だったので誉められることはなかったそうです。
なんかもう、色々と息苦しそうでした。


Yちゃん。
小さくて、細くて、最初はまだ小学生なんじゃないかと思ったよ。
汚部屋に招くわけにはいかないから、定期的に頑張って掃除したけど、きっとYちゃんにはダメダメな人に見えたよね。ごめん。
結局、契約期間の最後まで頑張ったけど、Yちゃんは一桁同士の足し算引き算でも指折り数えるままだった。
数直線で計算するのがそれなりに成果出たけど、定規がないとできなかったもんね。
力不足でごめん。
私は最後までYちゃんがどうして数字に苦しむのかわからなかったから、あまり力になれなかったよね。
でも点数が上がったって、笑顔で報告してくれたのはとても嬉しかった。
他の人はたった数点だって言うかもしれないけど、誤差の範囲だって言うかもしれないけど、上がったことをYちゃんが喜んでくれたから、私も嬉しかった。
でもね、テスト前になって契約とは違って、しかも本部への連絡なしに教科増やしてほしいってのはびっくりしたよ。まさかの全教科。国数英に社会、理科、保体、音楽。
別にいいけどね。
Yちゃんと過ごした日々は、私の視野を広げてくれたから。


私は少しでもYちゃんやYちゃんの家族の助けになれたでしょうか。

去年から教育に携わる仕事になって、Yちゃんのことをよく思い出すようになりました。
正確に言うと、図書館で働いています。
図書館ではバリアフリー図書とかデイジー図書と呼ばれる、様々な事情を抱える人のための図書を扱うことがあります。
そこいう時にYちゃんを思い出します。

小学生の頃のクラスメイトには生まれつき足が動かない子がいました。
友達の弟は生まれつき耳が聞こえない子でした。
身体障害者は沢山会ってきましたが、それ以外の方とはあまり縁がありませんでした。
Yちゃんが発達障害だったのかはわかりません。
それでもYちゃんは確かに学校の勉強が困難で、一般的な努力では溺れてしまいそうな子でした。
そんな彼女と過ごした時間があったからこそ、今、私は仕事でいろんな可能性を考慮する余裕があります。
自分の力じゃどうしようもないことが誰しもあると、考えられるようになりました。

Yちゃんは数字を扱うのが下手でした。
私は数字を普通に扱うことはできたけど、生まれつき一部の内臓が小さくてよく不具合を起こします。
人はそれぞれ、何らかの事情を抱えているんでしょう。
Yちゃんと一緒にいてわかったことがあるから、今の仕事もそんなに怖くありません。

もう会えることはないと思うけど、本当にありがとう。
あの頃の私が、少しでも君の助けになれていたなら幸いです。
Yちゃん、お元気で。

#発達障害 #学習障害 #ディスカルキュア

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