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連載 関東大震災映像デジタルアーカイブ・こぼれ話 第1回—顔の見えない死者たち

 関東大震災映像デジタルアーカイブにコラム「目の記録、聞こえない声―関東大震災の映像記録によせて」を寄稿しました。
https://note.com/shitaya_office/n/n364458d8b4fc
 
 5回の連載で、コラムに書き切れなかった、「こぼれ話」を紹介します。
 第1回は「顔の見えない死者たち」です。
 
 今回、久しぶりに関東大震災の資料状況を通覧して、「震災の死者たち」に関する情報が驚くほど少ないと思いました。
 数字はあります。
 全体では約10万5400人。
 内東京市が約6万8700人、横浜市が2万6600人、など。(諸井孝文・竹村雅之, 2004)
 
 ところが、一歩踏み込んで、具体的に誰が、どこで亡くなったかを把握しようとすると、途端に輪郭がぼやけて、分からなくなってしまいます。
 東京市内の死者は、約85%が「隅田川以東」の本所区、深川区から出たものでした。ところが、今回視聴した20本の映像記録のなかで、「被服廠跡」の例外を除いて、本所・深川の「内部」までカメラを運んだ撮影グループは、なんと皆無でした。
 ほぼすべてのカメラが、銀座から京橋、日本橋、神田、上野、浅草に至る「ビジネス・繁華街の崩壊」を撮ることに終始していたのです。
 
 「被服廠跡」だけは、何度も登場します。
 しかし、それは衝撃的に「死体の山」を映し出すということで、名前と顔を持つ「個人」の人生を見届けるという印象はありません。実は関東大震災に関しては、殺された朝鮮人などだけではなく、災害の死者たちの消息全体が、不明確な暗闇に包まれているのです。
 
 10万人を越える人びとが、災害の死者も含めて、なぜ、どのように亡くなったのかを、突き詰めていないこと。
 それが、「大東京」の復興に、本当の意味で尊重する重みが生まれないこと、現在の東京で、あたかも「震災」などなかったかのように、人びとが暮らしている背景の理由ではないかと思いました。
 
 コラムでは、そんな中で「隅田川以東」では1か所だけ、約160人の焼死者と370人の溺死者を出した本所区北部の枕橋界隈の様子を、対岸の浅草側から撮影した映像を見つけて、解説しました(「関東大震大火実況」)。
クリップ:吾妻橋から大日本麦酒工場の火災を見る
https://kantodaishinsai.filmarchives.jp/clips/m01_008.html
 
 川向うから眺めた「一点」の記録にすぎませんが、この「一点」の投げかける問題は、大きいです。一読いただければ幸いです。
 
コラム「目の記録、聞こえない声―関東大震災の映像記録によせて」
https://kantodaishinsai.filmarchives.jp/columns/c10.html
関東大震災映像デジタルアーカイブ
https://kantodaishinsai.filmarchives.jp/

クリップ 火災炎上中の向島(『関東大震大火実況』の一場面)
関東大震災映像デジタルアーカイブより

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