怖い人

毎日誰かと連絡を取り合う。仕事仲間、友達、お客さん、店員さん、初めましての人。めまぐるしく人とコミュニケーションを取る。

今一番のコミュニケーションツールはLINEかSNSと思っているけれど、常々思っていることがある。

それは、

「句読点問題」

何が自分にとって問題なのかというと、



文章に句読点がないと怖すぎるゥ!!!!

チャットをメインにやりとりしていたり、SNSやライブ配信のコメント見たりした時に「句読点ないのってなんか怖い人」ってことを実は常々思っていた。

わたしはよく文末に「!」「…」とかを使いがち。これは特に拘っているつもりはないけれど、LINEやSNSでは温度が伝わりにくいから、なるべく柔らかい印象で伝えたいんだと思う。意味があるかは分からない、なんとなくの自己表現。

例えば、楽しかったことを伝える時。

楽しかったです

楽しかったです!

ビックリマークは、そう思う事にとても力が入ってる印象になる。本当にそう思ってるんだな!ありがとう!と感じてとれる。逆に句読点がないと、冷徹で、本当にそう思ってるのか?となんだか疑ってしまう気持ちになる。当人はただ句読点を打つのが面倒だから、という単純な理由なのかもしれない。けれど、無表情で言ってる顔が浮かんでしまう。

これってなんでそう思うのだろう?と、色々調べてみたら、「若者は句読点を付けると怖がる!」という逆の記事ばっかり出てきてしまった。付けた方が怖いのか!そのパターンもあるのね!確かにね!それも分かる!でも私が気になる事はそういうことじゃないんだ…句読点を付けるのってマルハラっていうらしい。マルハラ…

そんな中、私と近い気持ちを記事にしている方がいた。それはやはり「感覚」だった。圧迫感がある「気がする」、怖い「気持ちになる」というだけ。こちらが気にしすぎなのかもしれない。ただ、同じことを思っている人は少なからずいたと安心した。

私は、そういう句読点なし文章を送ってくる人には同じような文章で返すし、仲が良すぎて句読点が要らなくても伝わる友人にはそのまま連投する。そこはやはりお互いの信頼度や密接度にもよるし、万人に共通して「句読点付けろ!」ということではない。

かといって、「おーい笑」「どこ住み?笑」は論外であって、表情が分からない分、昨今のチャットコミュニケーションは相当難しいと感じている。ちょうどいい塩梅で、うまくやりとり出来たら嬉しいし、双方がいい気持ちでありたい。

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