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スカイブルーおじさん

自転車でスーパーに向かい、駐輪場で鍵をかけていたとき、「ねえちゃん!それねぇおい!」と、後ろから男性の声が聞こえてきた。少し大きめの声だ。私は知っている。こういうとき、大声の主と目を合わせてはいけない。昼夜を問わず、関わらないのが一番だ。
それでも、「いいなぁ!えぇ?」と声が散乱してくる。怖がりながらもチラッと振り返ると、自転車を持ったおじさんが明らかに私に話しかけていた。

「あ、私ですか?」

「うん、今、そんな鍵あるんだねえ!」

私は前輪と後輪に二重ロックをかけている。バネになったワイヤータイプと、U字型の頑丈なロックだ。その二つをおじさんが指さしている。

「あぁ、これ。いろんなところで売ってますよ、自転車屋さんとか」

「俺さぁ、こないだ自転車盗まれちまってよ!あったま来るよな!そんな鍵があるなんて知らなかった!」

おじさんは、盗まれたあと買ったであろう、新品でピカピカの可愛らしいスカイブルー色のシティサイクルを手にしていた。そう言い終わると、何事もなかったかのように去っていった。

下町だ。目を合わせてはいけないとか言ってごめんなさい。どうか、もう盗まれないでね、スカイブルーのおじさん。

私は昔から、自転車で中距離を走るのが好きだ。学生時代、電車で通った方が早いのに、1時間かけて自転車で通学していたこともある。大人になり、シティサイクル、いわゆる“ママチャリ”を買い換えようとしたとき、私は「クロスバイク」に出会った。

代官山蔦屋書店の前に山のように停められた、華奢な細いタイヤと白いボディ。今にも倒れそうな姿に憧れた。これに乗って街を走りたい――そう思い、自転車についていろいろ調べ、とある自転車屋さんを訪ねた。そこは普通の自転車やロードバイクだけでなく、BMXの車体も豊富だった。

ギターもそうだけど、私は機能性よりデザイン性重視派。見た目の良さで選びたい。ぼんやりと車体を眺めていると、あまり見たことのないブランドが目に留まった。ボディに黒字で刻まれた「MARIN(マリン)」の文字。グリーンの迷彩柄の車体に、茶色のハンドル、サドル、タイヤ。

一目惚れだった。

本来、この自転車のタイヤやサドルは黒だそうだが、ご主人がカスタムしてブラウンにしていたらしい。私が欲しいと思っていた華奢な代官山チャリとは程遠い、太いタイヤと迷彩柄のごつい組み合わせ。けれど、ご主人が言った一言が、私の決心を固めた。

「これは、誰も持ってないですね」

6万円を超えていた。予算オーバーだったが、気づけばその自転車に跨って家に帰っていた。それから5年。定期的にメンテナンスをしてもらいながら、いまだに状態は良好だ。私は壊れるまで、この相棒とともに走り続けるだろう。

長距離を走れるほど鍛えられていないが、いつかキラキラした海沿いを自転車で駆け抜けたい。途中で宿に泊まったりしながら、気ままな旅をしてみたいと思っている。



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