音楽を記述するもの(結局どっちでもいい…?)

皆さん、音楽は好きですか。僕は、自分が音楽を好きなのかよくわからないのですが、まあ少なくとも強い執着はある気がしています。

そもそも音楽って何なんでしょうか。色々な捉え方があると思うのですが、まあ少なくとも空気を震わせるものであって、ただの「音」でないもの、というのは共通していると言って良いんじゃないかなと思います。音楽の教科書を当たれば、音楽は「リズム(律動)・メロディ(旋律)・ハーモニー(和音)」の 3 大要素で構成されるという説明を多く見ますが、それらが全て揃っていなくても音楽と言われるものはたくさんあるので、あくまで音楽というものを記述する概念の一部分に過ぎないのでしょう。

※ 「概念」という言葉の概念が曖昧なまま書いている自覚があります…ご容赦ください…

音楽を記述する概念について考えてみると、実に多種多様だということに気付きます(ここでは、デジタルデータ化された音楽のデコーダーや、スピーカーなどの出力装置については除きます)。例えば、複数の楽音を組み合わせたものであれば、逆説的に「楽器編成」という概念が存在します。他には、音楽の中の一定の時間内に現れる音の基本周波数(ピッチ)の分布から「スケール(調・旋法)」という音列のパターンを見出すことができます(さらに、その音列の中の微細な周波数の差を「音律」という概念で区別したりします)。あるいは複数の基本周波数が同時に存在する、いわゆる「和音」の中にも、各基本周波数の積み上げ方―言い換えれば、各基本周波数の比率のパターンがあり、それは「ヴォイシング」という言葉で説明されたりします。また、それらの基本周波数同士の距離(音程)について「協和音」や「不協和音」、「増(オーギュメント)・長(メジャー)・短(マイナー)・減(ディミニッシュ)」といった概念が使われたりもします。もっと短時間、あるいは物理的な次元では、基本周波数と各倍音の強度の比率によって「音の明るさ」であったり、特徴的な倍音比率のパターンによって「歪み感」とか「金属質感」とか「丸み」であったりといった、音とは無関係の現象から想起される「音色」という概念が使われたりもします。時系列で捉えたときには、各周波数の信号強度の増減する速度によって「鋭い」「硬い」「速い」といった言葉が使われることもありますね。

色々と挙げてみましたが、音楽を記述するのにこれらを用いれば十分かといえば決してそんなことはないわけです。例えば、全ての音はサイン波の重ね合わせで表現できるわけですが、サイン波のオシレータを 1 万個組み合わせて、似た調波構造を持つ楽音が存在しない「音色」で音楽を作れば、「楽器編成」という異なる離散的な楽音の組み合わせを前提とする概念は適用できません(でも間違いなく音楽ではありますよね)。また、先の説明の多くは 1 オクターブを 12 個の半音程に分割することを前提としていましたが、「微分音」と呼ばれる 12 よりも細かい音程に分割した音を使う音楽には「長短」のような概念は適用できませんし、出現する基本周波数の分布の偏りが少ない「無調音楽」のような音楽を「スケール」という基本周波数の偏りに名前を付けた概念で説明することにあまり意味は無いでしょう。

結局何が言いたいのかというと、音楽を包括的に記述可能な概念というのはなく、これまでに述べてきたような概念は限定的な状況において都合よく使われてきたに過ぎないということです(それがパターンというものです)。このような成り立ちは音楽に限った話ではなく、何かを言語で記述した時点で必ず削ぎ落とされる側面があるという至極当たり前のものです。しょうがないよね。

長々と前置きを書きましたが、ここからが本題です。前置きなっが! 最近僕の Twitter のタイムラインで『「A の半音上」=「B の半音下」の音を「B♭」ではなく「A♯」と記述することに違和感を覚える』という内容のツイートを見かけました。僕はこの内容に関して、半分肯定的で半分否定的なのですが、それについて書きたいと思います。

その前に、いきなり「A」や「B」というこれまで説明していない記号が出てきてしまったのでその説明をしますね。また前置きかよ、って感じだけど必要なので許してね。

「A」や「B」っていうのは、特定の絶対的な周波数(ピッチ)の音に対して割り当てられた記号です。割り当てのルールにはいくつか種類がありますが、アルファベットを割り当てる方式は「ドイツ式」と呼ばれています。「ドイツ式音名」にアルファベットが用いられた経緯についてはこちらの記事が分かりやすかったので、興味があれば読んでみてください。ドイツ式では「C メジャースケール」という音列に出現する 7 つの(オクターブを除く)周波数に対して音名を割り当てます。自己言及的な説明になってしまった! …でもこの音列は、名前にこそ音名を含むものの、その定義は音名に依存しないので問題ありません。ピンと来ない人は、ピアノの白い鍵盤を弾くと鳴る音が C メジャースケールだと思えば大丈夫です。

※ 余談ですが、勘の良い人は周波数は連続値なのに特定の周波数に記号を付けて良いの? と思うでしょう。実際には特定の周波数の「近傍の周波数」に対して記号が付けられます。隣り合った 2 つの特定の周波数のどちらからも近傍と呼べないほど離れた周波数に対して、どちらの記号を割り当てるべきかは、多分、誰にもわかりません…

※ 特定の周波数と言ったものの、ドイツ式音名が定められた当時の A と現代の A が指す周波数は異なります

※ ここで述べる周波数の距離は、基本的に対数空間上の話として捉えていただいて差し支えないです。何のことかわからない方は無視していただいて問題ありません

※ これ以降、音律は十二平均律を前提とします。また借用や臨時転調、経過音などの非和声音については説明の簡略化のため触れません

ドイツ式の他にも様々な音名方式がありますが、いずれも「絶対的な周波数に対して、音名という独立した記号を割り当てたもの」です。

ドイツ式音名があれば音楽に出現する楽音の基本周波数を記述できるかというと、当然そんなことはありません。「移調」が分かりやすい例でしょう。移調とは、曲中に出現する全ての音の周波数を上や下にシフトすることです。具体例に考えてみましょう。ピアノの白鍵だけを使って弾くことのできる(=C メジャースケールの)曲を「白鍵に一度指で触れ、それから一つ右隣の鍵盤を弾く」と半音上に移調して弾いたのと同じことになります。実際にこれをやってみると、黒鍵を弾く必要があることがわかります。繰り返しになりすが、ドイツ式音名は白鍵の音の周波数にしか付けられておらず、黒鍵の音の周波数を記述することはできないのです。

そこで「♯(シャープ)」や「♭(フラット)」という記号が登場します。♯ は半音上、♭ は半音下を表す記号です。この記号を使うと、先程の具体例に出てきた「一つ右隣(=半音上)の鍵盤」の音を「(元の鍵盤の音の周波数に対応する音名) + ♯」という形で表すことができます。C の鍵盤の一つ右隣の鍵盤であれば C♯ になります。ドイツ式音名と ♯ と ♭ を使うことで全ての音の周波数を記号で説明することができるようになり、これですべて一件落着というわけです。

…基本的にはそうなのですが、本来 7 つの絶対的な周波数を表すために独立に割り当てられた記号が、♯ と ♭ という相対的な概念の導入により独立性を失ってしまったことにより新たな問題が生まれてしまいました。それは、ある周波数の音に対して、異なる音名を割り当てることができてしまうという構造的な問題です。

具体的な例を挙げましょう。B C という音の並びがあります。これを半音下に移調しましょう。そうすると、B と C はそれぞれ B♭ と C♭ になります。ところが「C♭」の周波数は「B」の周波数と完全に同一であるため、B♭ C♭ という音の並びを B♭ B と記述することもできます。しかし本来、ドイツ式音名は(C メジャースケールの)音列上の音に別名を付けて区別するためのものなので、このように記述してしまったのではドイツ式音名の旨味がなくなってしまっています。

ドイツ式音名でその音楽を記述するのであれば、C メジャースケール、あるいはそれを移調した音楽として解釈できることが前提となりますし、周波数が異なる音については別の音名を使うべきです。

…などという、もう何十年・何百年も擦られ続けてきたであろうことを長々と書き連ねてしまいました。5 百万番煎じくらいなんじゃないか。ノートの前半で書いた通り、ドイツ式音名も「限定的な状況において都合よく使われてきたに過ぎない」わけですよね。なんか「これさえあれば、音楽は十分記述可能」って思ってたものが音楽の進化によって記述し切れなくなってきて、仕様変更を伴わないように仕方なく複雑怪奇な機能を継ぎ足ししてきたっていう状況に思えて、プログラマー的につらみがある。

まあでも似たような話っていくらでもあるよな。文法だってそうだよね。人が話す言語が先にあってそれを規則化したものが文法なんだろうけど、言語は生き物だからどんどん例外が生まれてしまって、文法じゃ対応できなくなって…みたいな。実際この文章でも死ぬほど文法違反してるしな。

…って思うとさ「伝わるんだから ♯ でも ♭ でもどっちでもいいじゃん」という意見も共感できるような気がしてくるんですよね。あ〜結論のでない話になってしまった。

だとするとまあ、僕は「♯ と ♭ の使い分けに気を遣ってくれる優しい人」だとキュンと来ちゃうな。(何の話?)

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