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折り紙しませんか?

ここだけの話、私の趣味は折り紙だ。といってもこのくらいのレベルしか折れないので折り神と呼ばれる人達と比べられると恥ずかしい。だから「ここだけの話」。

ただ、これくらいしか折れなくても十分役に立つのだ。特に語学を教える仕事に就いている人達にとって。
何も日本文化を広めるための折り紙ではない。大体折り紙なんてどこの国にもある。中国人に折り紙を渡すと妙に首の太い鶴を作り出す。周りに中国人がいる人はやってみて欲しい。妙に首が太い違和感しかない鶴だから。

私がかつて人身売買の片棒を担いでいた時も、折り紙のスキルは役に立った。

当時、「紫蘇さんの判断で外国人労働者のリーダーを決めてください」と言われることがよくあった。
彼ら外国人労働者は少数人で就職することもあったが、私が担当していた労働者はほとんどが10人以上のグループだった。
来日前にリーダーを決めてくれているのだが、入国後はよく「この人がリーダーで大丈夫?」と言われてしまう。たとえN1(日本語能力検定試験1級)に合格したからといって日本語を流暢に話せるとは限らない。

大学生の頃TOEIC900点を自慢していた男子がいたが、彼の英語はネイティブには聴き取ってもらえなかった。そんなもんだ。語学の試験結果は信用ならない。

だから「紫蘇さんから見て日本語が上手でリーダーとしての資質がある人を選んでください」と丸投げされるのだ。毎日彼らと日本語で話している私ならどの人が適任か分かるだろう、と。
日本語の運用能力に限ったことなら問題ない。単に日本語で難なく会話ができる人を選べばいい。
ただリーダーとしての資質なんて言われると困ってしまう。そんな資質がある人なんて日本人の中から探すのも難しいのに。

とはいえ、雇用主が求めるのは「日本語が上手」な他に、「日本人の指示を的確に理解して」、「それを他の人に正確に伝えられる」ような人だ。

そこで私は、一緒に折り紙をしてから判断しようと考えた。

その時作ったのが薔薇。

山折り・谷折りなんていう普段使わないどうでもいい言葉から、裏返す、半分、3分の1など実生活においてなかなかの頻度で使われる言葉をたくさん使って彼らに薔薇の折り方を教えた。

不思議なことに、日本語が上手な人は最後まで折れた。日本語が壊滅的な人は角を合わせてきれいに折ることができず、ぐちゃぐちゃになって未完成のまま終わってしまった。彼らに教えながら私も一緒に折っていた。だからこれは日本語の問題ではない。日本語の指示が分からなくても私を見て真似をすれば折れるのだ。

「折り紙で認知症予防」なる本がたくさんある。
折り紙を正しくきれいに折ることと言語を習得することは脳のどこかの部分が共通しているのかもしれない。(脳科学に詳しい方、それに関する論文などあればリンクをコメントに貼ってください)

そして、最後まで折れた人は折れなかった仲間を手伝う。手伝ってもらった人達は完成とまではいかなかったが、ほぼ完成というところまで出来た。

私はその、最後まで折った後周りを手伝った人をリーダーに任命した。

それが功を奏し、リーダーは任期の3年間立派に職務を全うした。

味を占めた私はそれからも同じ手口でリーダーを選び続けた。不思議なことにリーダー任命に関してはクレームがなかった。

同じ境遇の人は是非この技を使って欲しい。大幅にずれた結果にはならないはずだ。

但し、気を付けなければいけないのは、選ぶのは折り紙が上手な人ではないということだ。

以前農業に従事する外国人労働者を面接した人と話した時、彼は「面接の時に折り紙を渡して鶴を折らせたんだよ。上手に折れた人を採用したのに、全員日本語が下手でびっくりした」と言った。

そりゃそうだろう。
どこの国でも折り紙はある。
そしてどこの国でもその国独自の鶴がある(中国のは首が太いぞ)。
子供の頃から折り慣れている鶴は誰でも折れる。

だから大事なのは、その人が知らない、折ったことのないものを一緒に折ってみることだ。

そのためには折り鶴より難しい折り紙を修得する必要がある。集中して黙々と折って15分ほどで完成するくらいのものが丁度いいと思う。

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