見出し画像

だからきっと、私たちは大丈夫

――あなたにとって2020年とはどんな年だっただろうか。
心待ちにしていたイベントが中止になり、遣る瀬無さに駆られた年だったか。
イベントの中止を決断し、悔しさを滲ませる演者を見て、心を痛める年だったか。
会える筈だった人に会えなくなった失意を、有耶無耶にする術もなく引きずるだけの年だったか。

そこにある筈だった日常は不意を突かれたように失われ、まるで暗転の平行世界に連れて行かれたように、見ていた景色は大きく変化してしまった。
いつしか私たちは不安や落胆にも慣れて、最早過去の日常を回顧することもなく、色を失った毎日に甘んじるようになっていた。
こうして2020年という年を終え、先行きの見えない未来をこれからも繰り返すのだと思っていた。

――だが、私たちのアイドルはそんな平行世界に一筋の希望を、そしてファンタジックな色をもたらしてくれた。

2020年11月29日

ときのそら2ndワンマンライブ「パラレルタイム」が開催された。

画像1

ときのそら2nd LIVE パラレルタイム / Tokino Sora 2nd LIVE Parallel Time

昨年Veats Shibuyaにて開催された1stワンマンライブ「Dream!」から約1年1ヶ月振りのワンマンライブであり、昨今の情勢によって思うようにイベントが開催できなくなった今、オンラインという形でついに披露された、そらともにとって待望のステージだった。

ライブ名に含まれる「パラレル」は、ある筈だった日常と平行して流れる新しい「リアル」だからこそ――つまりオンラインだからこそ見られるものを楽しもうという意味があると言う。
オンラインでの開催が決定した時、初めは「オンラインでもみんなは喜んでくれるか」という不安や、会場で直接そらともと会うことができない寂しさがあったと言うが、それは新しいライブの表現を考えるきっかけにもなったようだ。

画像5

ライブ開始までのカウントダウンが0を切ると、画面には教会を思わせるようなステンドグラス風のディスプレイと、髪飾りを模した星型の模様とあん肝(マスコットキャラクターのくま)を描いた大きな円形のステージ、そしてDream!にて初披露されたライブ衣装(通称Dream!衣装)に身を包むときのそらの姿が映し出された。
その神秘性を秘めた光景は、現実のライブではなかなか目にすることはできない。オンラインだからこそ作り出せたステージだろう。

光が舞うステージの上、1曲目に披露されたのは『ぐるぐる・ラブストーリー』。
2ndアルバム『ON STAGE!』のリード曲でもあるこの楽曲で、初っ端からときのそらのアイドル性を前面にアピールしてみせた。

既に頂点に達しそうなテンションで披露された2曲目は、ときのそらの新たな代表的歌ってみた曲『ベノム』。
可愛さと格好良さ、そしてどこかから漂う毒々しさを、持ち前の高音で華麗に歌い上げた。

3曲目の『リア/リモシンパサイザー』は、「リアル」と「リモート」をテーマにした楽曲である。
まさに今回のライブのテーマとも言えるこの曲を、2曲目までとは変わったクールな様相を纏いながら歌い、観客を痺れさせた。

そして4曲目の『ブルーベリームーン』。
激しくアップテンポな曲を力強くも洗練された歌と振り付けで披露し、ときのそらに宿る可愛さと格好良さという二面性を更に際立たせた。

画像15

――ここまで最新アルバムの『ON STAGE!』から3曲。そして比較的新しい歌ってみた曲1曲が披露された。これまでのステージを彼女の「今」だとすれば、ここから披露される曲は彼女の「過去」となる。

5曲目『海より深い空の下』。
1stアルバム『Dreaming!』に収録されているロックナンバー。
タワーレコード渋谷で開催された銀河アリスとの合同ライブ「TUBEOUT! Vol.1」でこの曲が初公開された時のことを思い出すそらともも多いだろう。

画像6

そして曲の後半、この時まで目にしていたステージが思いがけない変化を見せた。
画面に一瞬のノイズが走ると、ときのそらの後ろに暗幕が広がり、ステージの前方にはモニタースピーカーが現れ、荘厳なステンドグラスのディスプレイは汎用的なディスプレイに変化した。
――そこは1stワンマンライブ「Dream!」の舞台となった、Veats Shibuyaのステージだった。
曲が終わると、彼女は「Dream!」の記憶を回顧し、分裂したこの平行世界が以前までの日常に収束した時、1年前と同じように再びそらともの傍に立つことを願った。

画像4

6曲目『コトバカゼ』。
曲も歌声も春風のように優しく爽やかなのに、どこか胸が痛むような思いがするのは、きっと恋心と同じなのだろう。
――そんなことを思いながら曲に浸っていると、不意に現れた人影が、ステージ上で歌うときのそらにゆっくりと近づいて来る。
それはお化粧姿をお披露目する前の(初期の制服衣装を一新した後に使われていた旧モデルの)ときのそらの姿だった。

画像5

煌びやかな衣装を身に纏い、輝かしいステージで歌うアイドル――そんな未来がまだ夢や目標に過ぎなかった頃の彼女の姿に、私たちは思わず過去の軌跡を照らし合わせて感慨に浸ってしまった。

アイドルを夢見る普通の女子高生だったときのそら。
思わぬ形で話題になり、時には挫けそうになりながらアイドルを目指したときのそら。
数々の努力が実を結び、名実共にアイドルとなったときのそら――

ずっと背中を押し続けていた彼女の姿も、今では思い出の姿になった。
アイドルという存在の可変性を感じながら、今を輝く彼女をこの日も目撃していることに、そして過去の彼女が絶えず今の彼女を見守っていることに、私たちは目を潤ませた。
過去と現在の平行世界がこの場で一つの交わりを見せて、またゆっくりと未来に向かって進み始めるーーそんな光景を目の当たりにした。

画像4

7曲目は有名ボカロPとのコラボ曲としても話題になった『未練レコード』。
失恋を歌ったビターな楽曲は、ときのそらの大人びた一面を人々に認知させた。
Vtuberへの楽曲提供や、Vtuberの曲をVtuberがカバーするというムーブメントの先駆けにもなり、バーチャルな音楽シーンを一歩前に進めた曲であると言える。

8曲目『夢色アスタリスク』。
ときのそらの軌跡を追う上で、この曲を避けては通れない。この曲が公開された当初に心配されていた高音は、今では彼女の最も大きな武器の一つとなった。
1stワンマンでは大トリを飾ったこの曲は、今も色褪せずそらともに夢色の世界を見せてくれた。

画像7

そしてVeats Shibuyaのステージから元のステンドグラスのステージに戻り、9曲目『青空のシンフォニー』が披露される。
ときのそらが初めて作詞作曲をした曲。生放送で初めて公開された時は『七色のメロディ』という題名だった。それから暫く未完成のまま日の目を見ずにいたが、曲の完成を望むそらともも多く、約2年越しに『青空のシンフォニー』という題名でリリースされた。

画像8

――過去を振り返りながら、歩んできた道に最も強い思い入れを抱いていたのは、きっとときのそら自身だろう。
曲の途中、彼女は歌声に涙を滲ませた。
音楽はステージの上で声を震わせる彼女を、そしてもらい泣きしそうになっているそらともを優しく包み込み、奮い立たせてくれた。

10曲目に披露されたのは『Chu-Chu-Lu』。
ときのそらの全楽曲の内、随一とも言えるポップで可愛らしいアイドルソング。「ちゅっちゅるちゅ~」というキャッチーなリズムと歌詞には思わず心も弾んでしまう。

11曲目『好き、泣いちゃいそうだ』。
歌うときのそらと聴くそらともを泣かせる、切なくも温かい恋愛ソング。
ライブで披露する度に感極まり、ラストの「好き、泣いちゃいそうだ」の部分を歌い切れないことに悔しさを感じていたと言う。
だがこの日は「好き」という思いで涙を封じ、見事にラストのフレーズを歌い上げた。
私たちの涙は、彼女の笑顔に敗北した。

12曲目は今年3月に発売されたミニアルバム『My Loving』収録の『Wonderland』。
スキップするような可愛らしさと、夢や目標に向かってジャンプするような力強さを併せ持った楽曲。
イメージの中に広がるのは、どんな光景だろうか。
空を飛んで辿り着いたのは、どんな世界だろうか。

画像9

ーー曲の後半、ときのそらはゆっくりと目を閉じて夢のステージを思い浮かべた。そして次に目を開いた時、ステンドグラスのステージは、ペンライトを持つたくさんの観客で埋められたアリーナステージへと変化した。私たちの目の前に、彼女がイメージした夢の世界が実在のものとして広がったのだ。

画像10

そこはまだ、彼女が描く空想のステージかもしれない。だが過去の平行線に「アイドルになる」という目標を成し遂げた彼女が存在するように、きっと未来の平行線には「横浜アリーナのステージに立つ」という夢を叶えた彼女が存在する筈だ。

そして13曲目に歌われたのは、ホロライブの全体曲である『Shiny Smily Story』。
メンバーそれぞれの思いや夢を歌ったこの曲は、ときのそらが歌えば「ときのそらの曲」になる。ホロライブというグループの始祖たる彼女だからこそ、その思いはグループ全体が描く世界に通じているのかもしれない。

14曲目はときのそらの自己紹介曲でもある『Dream☆Story』。
明るくアップテンポで、だけど時々ゆったりとしたこの曲を聴けば、初めてときのそらを知った人でも、彼女がどんなアイドルなのかを知ることができるだろう。
あん肝もステージに現れて、可愛らしいダンスを披露してみせた。 

画像11

15曲目『フレーフレーLOVE』。
「Dream!」にて1stシングル曲として発表され、ステージ上で先行披露されたのも、今では懐かしいと感じる。
叶えたい夢があり、それに挫折しそうになった時、この曲は諦めなかった未来にある希望や自分の可能性をもう一度思い起こさせてくれる。

16曲目『冴えない自分にラブソングを』。
拍手とコールが印象的な、まさしく「ライブ映え」する一曲。
ステージと観客席の一体感によって、冴えない自分を周りのみんなが励ましてくれているような、そんな気持ちになることができる。

そしてアンコール前のトリとなった17曲目『そら祭り』
今までの楽曲には無い、突き抜けるようなアップテンポさを誇る曲。
気持ちも沈みがちな今の世の中を、この「3分間のお祭り」は明るく元気づけてくれる。人は集えなくても、「祭り」はその言葉だけで人の心を朗らかにしてくれる。
今年の私たちが失ったものを、お祭り騒ぎなコールや花火の演出と共に、もう一度取り戻させてくれたような気がした。

画像13

最後の曲が終わり、ときのそらが一度ステージから姿を消すと、コメント欄は「Dream!」のアンコール同様「いかないでコール」と「ぬんぬんコール」で溢れかえった。ときのそらのライブのアンコールは、最早このフレーズで定着してしまったようだ。

そしてアンコールに応える形で披露された18曲目『Step and Go!!』。
不安や躊躇いといった感情にそっと寄り添ってくれるような歌詞が沁みる。
ときのそら自身もこの曲に励まされたと語っており、思い通りに活動ができない今だからこそ、楽曲中に含まれる「時代や誰かにせいにしたってつまらないよ」「きっと君は大丈夫」というメッセージはより大きな意味を持つのだろう。

受け取ったものは全部自分のためになる。だから悪いことなんか無く大丈夫だよっていう風に進んでいくことで、私はここまで来ました。
ですが、そう思ってここまで諦めずに来られたのは、応援してくれているそらとものみんなが「そらちゃん大丈夫だよ。大丈夫だよ」って言ってくれていたりとか、たくさんのスタッフさんが私のためにこんなに素敵なステージを作ってくださっていて、そういう周りの人たちの助けとかがあって、それが全部自分の中でプラスの気持ちに働いている、全ての人が自分にとって凄く良いことをしてくれる……そういう環境に今自分がいるからだと思ってます。
本当にいつもいつも、応援してくれてありがとうございます。そしてスタッフさんたちも、ありがとうございます

――そしてついに迎えた最後の曲。19曲目『ゆっくり走れば風は吹く』。
ゆっくりと、そして着実に前に進んできたときのそらを表す、言わばこれまでの彼女の集大成的な楽曲。
曲中、まだ普通のバーチャルJKだった彼女が「いつかみんなの前でライブがしたい」と語っていた部分は、2ndワンマンライブを成功させた彼女の感謝の言葉と、「私ときのそらを、そしてホロライブプロダクションを、Vtuberを、是非よろしくお願いします!」という言葉をもって置き換えられた。
そこにあるのは、ホロライブというグループを、そしてVtuberという世界を牽引してきたアイドルの、可憐で堂々とした姿だった。
夢は一人で見るものではなくみんなで見るものだと、彼女の姿に教えられたような気がした。

こうして2ndワンマンライブ「パラレルワールド」は幕を閉じた。

画像13


ーー時間というものは1本の「軸」に他ならない。辿ってきた過去も、現在も、これから起こる未来も、確定的に存在するものは1つしか無い。
だが、時間軸における全ての「点」は、1つの事象のみで生まれるものではない。
過去の自分がいたからこそ今の自分があり、そして今の自分があるから、未来の自分を想像できる……今のときのそら、過去のときのそら、今のステージ、過去のステージ……その全ての集約が、この「パラレルタイム」というライブを生み出したのだ。
もしも未曾有の感染症が世界を蝕まなければ、私たちが目撃した「パラレルタイム」の熱狂と感動は、全く別のものとして記憶されていただろう。

「時代のせいにしたってつまらないよ」

私たちは今、果てしなく失われた時間の中にいるかもしれない。
だが失われたものを嘆きたくなる気持ちよりも、代わりに経験した全てを大事に思える気持ちを、私はこのライブで得ることができた。
そしてときのそらは、きっと誰よりも早くそのことに気づいていたのだ。

思い通りにならず、虚しさを感じてしまう日々はまだ暫く続くだろう。そんな平行世界の毎日を少しでも前向きに生きるための道しるべを、私たちのアイドルは示してくれた。

だから私たちはきっと、大丈夫だろう。

画像14



[セットリスト]

1 ぐるぐる・ラブストーリー
2 ベノム
3 リア/リモシンパサイザー
4 ブルーベリームーン
5 海より深い空の下
6 コトバカゼ
7 未練レコード
8 夢色アスタリスク
9 青空のシンフォニー
10 Chu-Chu-Lu
11 好き、泣いちゃいそうだ
12 Wonderland
13 Shiny Smily Story
14 Dream☆Story
15 フレーフレーLOVE
16 冴えない自分にラブソングを
17 空祭り

アンコール
18 Step and Go!!
19 ゆっくり走れば風は吹く