見出し画像

幻のチーズケーキと娘と私


 不器用、おおざっぱ、めんどくさがり。三重苦が揃った私だが、ここ1年、本当によくスイーツを作るようになった。

 なぜかって、それはやはりコロナが起因だろう。

 昨年春の外出自粛に追い打ちをかけ、自分自身が店舗で買うことに対して恐怖心を持ってしまい、ケーキ屋やパン屋に行けなくなった。

 行けないとなると、一層湧き出てくるのが、欲。
「ケーキ食べたい!」
「甘いパン食べたい!」
 想像するだけでよだれが出てくるほどの、「スイーツ欲」だ。


 買えないなら、作るしかないだろう。

 ということで、まず手始めに、ホームベーカリーに材料をぶち込んで1時間半待つだけのパウンドケーキを作ることにした。
 当時(今もだが)時間が有り余っていたこともあり、これは毎週作った。そこから派生して、マフィンやらスコーンやら。無骨な私にでも許される、比較的その形状に許容範囲が高いスイーツを作り続けた。


 私は自分にセンスがないことを知っているので、レシピの言うことに、まず逆らわない。ちゃんと計量して言われた通りに作る。元来おおざっぱめんどくさがりの私は、計量が面倒でスイーツづくりが好きじゃなかったのだが、欲を満たすためだから仕方がない。ちゃんとやった。

 ちゃんとやるから、それなりにウマイ。失敗しらずである。毎回家族も、もりもり食べてくれる。


 そんなある日、無類のチーズ好きでもある私は、チーズケーキ欲が抑えられなくなった。クリームチーズにバターにビスケット、砂糖、等々・・・。材料は、ある。

 チーズケーキは初挑戦だが、私は果敢に挑むことにした。まあ、チーズケーキはこれまで私が作ったケーキと並ぶ、「簡単!」に分類されるものだが。


 バターと砂糖、クリームチーズもだったか、とにかくそれらをボウルに入れ、泡立て器でかき混ぜろ、との指令。生意気にも電動泡立て器を持っている私は、言われた通り始めた。しかし、根がおおざっぱめんどくさがりなので、

「なんで生クリームをホイップするわけでもないのに泡立て器使うの? なんでメレンゲ作るわけでもないのに(以下同文)・・・」

と、少なからず苛立ちながらレシピに従った。


 そのとき、ふと自分が夕飯の準備を何一つしていなことを思い出した。

「ヤバイ。はっきり言ってチーズケーキを作っている場合じゃなかった・・・。でも、ここまできてやめられない。とりあえず、米を研ぐためザルをとろう」

 計画性なく何かを始めてしまうのも、私の悪いクセだ。

 ここで、私はおおざっぱの真骨頂を発揮する。ザルをとるためにボウルに添えていた手を離したのだ。

「大丈夫かな?大丈夫かな?いける・・・!!!!あーーーーっ!!!」

 泡立て機の振動に負けてボールは激しく回転し、その中身はキッチン中に飛び散った。


 ドラマで、お料理下手の主人公がやめればいいのに料理に手を出して、キッチンを派手に汚してしまう、あの大げさすぎる嘘っぽいシーン。

「いくら不器用だからって、こんなことになるわけないでしょ。ほんとドラマってベタだよなあ」

のシーン。

 まさにその状態になったのだ。


 キッチン中がバターと砂糖でねっちょりんこ。

「絶望」この光景に、この言葉あり。

 ただ汚しただけじゃない。ねっちょりんこになったキッチンを回復させられるのか(ムリ)。どれだけ時間がかかるのか(ほんとムリ)。  

「うそでしょおーーー」

 私は腰から崩れ落ちた。

 さらに追い打ちをかけるように、タラッタラッタターとオーブンが鳴り出した。設定温度に達しましたよー、の合図だ。


 そのとき、リビングにいた中学生の娘がキッチンを覗き込んだ。一瞬で状況を把握し、一言。

「ボウルに残ってる材料で作れるでしょ」

「・・・そうだね」

 絶望の淵からフラフラと立ち上がり、ともかく型に材料を流し込むことにした。でも半分近くは飛び散っている。これじゃあ、理想のチーズケーキにならない。

 そのとき、レシピ検索をしていたときに迷ったもうひとつのレシピを思い出した。それは生クリームを入れる贅沢レシピだったので、迷った末、ケチってやめたレシピ。

「生クリーム入れよう。あと、少なくなったクリームチーズ足して・・・」

 おおざっぱの本領を発揮し、足りなくなったであろう材料を適当に足して適当にかき混ぜ、型に流し込んで、オーブンに入れた。

 

 娘は、すでにキッチンの床を掃除してくれている。洋服もねっちょりんこだった私は、

「ママ、服洗ってくる」

と言い残し、洗面所でねっちょりんこを洗い落した。

「安い服でよかった」

 こうしているうちに、落ち込んだ気持ちは徐々に薄れ、娘の頼もしさを想った。


 これが、ひとりのときだったら、いまだに絶望の淵で自分のバカさ加減を嘆いていたことだろう。切り替えの早い娘がいてくれて、良かった。


 ねっちょりんこをなんとかしてキッチンに戻ると、娘のおかげでずいぶんキレイになっていた。そこから私も参加し、シンク下の扉や冷蔵庫、食器棚をふき上げた。

 

「ありがとう。君がいてくれて助かったよ」

 じんわりと、うれしさがこみあげてきた。

 普段は手伝いをしない娘だが、こういうときは何も言わずひたすら掃除をしてくれる。

「優しく、頼もしい子に育ったな」


 やがてケーキが焼き上がり、一呼吸おいた私たちは、ケーキを食してみた。

「うん、おいしい!」

 生クリームを入れたのが正解だったようだ。コクのあるチーズケーキに仕上がっている。

「ケーキって、案外適当な配合でもいけるんだな」

 私に余計な自信を与え、もう二度と同じ味には出会えない、幻のチーズケーキ作りは終わった。

 

 さて、このボウルぶちまけ事件は、年を越した今も、さらにはおそらく死ぬまで語り継がれるであろう、私という人間を語るに相応のエピソードとなった。


 この他、洗眼液と間違えて鼻うがい液で眼を洗うという私らしいエピソードをプラスして、娘は学校で笑いをとっているらしい。

 

 理想のママにはなれないが、笑えるママもなかなかいいんじゃないかと腰を据えた私。

 これからも、特段頑張らずともいいネタが献上できそうな予感しかない。


#おいしいはたのしい



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?