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「なんで父親は想いを伝えなかったの?なんでもっと話さなかったの?」原田マハ「無用の人」


犬の散歩で近所の公園を歩くとき、彼女の気が向けば池の方まで降りていく。風が強い日でも、周りの木々たちがそこだけ守ってくれているように穏やかで柔らかい日差しに包まれる場所だ。

秋の紅葉に染まるこの池は、まるでヨーロッパの景色のように素敵だ。でも私は冬枯れの頃の風景も好きだ。

どこを切り取っても、完成された絵画のように美しい。そこにいる人も含めて、ひとつの作品になる。
そして思い出す。

原田マハの「無用の人」。

まるで、人生にそっぽをむかれた人。無用と思われた人。それが、主人公の父だ。両親の離婚後、疎遠になっていた父親が、ふいに主人公の職場である美術館だったか博物館だったかを訪れ、他愛ない話をして帰っていく。それが最期。父は亡くなり、やがて娘に父親から鍵の入った郵便が届き、その住所であるアパートに行ってみる。部屋の窓から広がる景色を見て、主人公は自分と父親が同じ感性を持った人間だと知ることになる。

という内容だったように思う。

「なんで?」

父親は、娘が自分と同じ感性を持った者だと知っていたのに。もっともっと語り合えばよかったのに。娘だってもっと寄り添えばよかったのに。

「なんで?」

死んでしまったら、もう話せない。語り合えない。

冬の日差しが水面に光る風景にいるとき、いつもこの話を思い出す。「なんで?なんで?」いつかこの答えが分かるだろうか。


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