ep4 カフェサンセットの臨時駐車場

国道脇にある雲の形の看板が、鳴海ニュータウンの入り口の目印だ。右折して坂を少し上がると、住宅街が広がる。カフェ「サンセット」はその入口、「鳴海ニュータウン口」のバス停のすぐ目の前にある。

ログハウス風の建物に、筆記体のおしゃれな文字で書かれたオレンジ色の「sunset」の文字。店内にはサーフボードや、海の写真、ガラスのウキや操舵輪の飾りなど、サーフィンが好きなオーナの趣味がそこかしこに反映されている。

オーナーがもともと、このあたりの山林の持ち主であったことは周知の事実だ。鳴海ニュータウンの造成にあたって、オーナーの一家はそこそこまとまった金額を手にしたそうで、市内にマンションを建てて、今は野母崎の海岸近くに建てた家で、毎日サーフィンをしながら悠々自適に暮らしている。

だから実質カフェサンセットを取り仕切っているのは、バイトのまこちゃんだ。まこちゃんの家はカフェサンセットのすぐ近く。ニュータウンができるずっと前からそこにある古い家。21歳で結婚したまこちゃんには子供が二人いる。お店に連れてくることもある。旦那は消防士をしている。

カフェサンセットは、いつもお客さんがまばらだった。特にこだわりの無いコーヒーと、アイスティーと、ジンジャーエール。ランチメニューはクラブハウスサンドか、生姜焼きか、ロコモコか、週替りのパスタ。

よく来店する近所のご婦人たちは、だいたい一番安くて量も丁度いい、週替りのパスタを頼む。パスタには小さなさらだもつく。団地の外の建設会社のお兄ちゃんたちは、生姜焼きかロコモコを頼む人が多い。野球チーム「鳴海ニュータウンズ」の打ち上げや会合を何度かやったこともあった。

そんなカフェサンセットに、ある時異変が起こった。

「中古が安く買えたから」と言って、オーナーがすごいかき氷機を買ってきたのだ。

雑誌で見かけた流行りのおしゃれなかき氷にあこがれていたまこちゃんは目を輝かせて、メニュー開発に取り組んだ。地元の柑橘「ゆうこう」を凍らせて削って、つぶあんに、マンゴーに、ミント。サードウェーブ風の水色のおしゃれなプリントを入れた紙のカップに盛って写真を撮ってみたところ、これが地元紙編集者の目にとまった。

「長崎タイムス」に進化系かき氷として掲載されたまこちゃん特製かき氷は、ちょっとしたヒット商品になった。

ところが、そこである問題が起きる。お客の少ないカフェサンセットには、駐車スペースは4台分しかない。駐車しきれない車がそこかしこに路上駐車して、バスが通るたびにクラクションを鳴らすような事態になってしまったのだ。

オーナーに相談しても「困ったねえ」「いまホウボウに相談しているから」と言うばかりで、一向に手をうってくれない。

悩んだまこちゃんは、向かいの空き地に目をつけた。仲のいいご婦人たちから向かいの土地の所有者を教えてもらって、直談判。常連のお兄ちゃんたちに手伝ってもらって、空き地の草刈りをして、砂利をしいて、お手製の看板で臨時の駐車場を10台分作った。

これで路上駐車問題はひと安心。相変わらずお客さんの少ない平日の昼間には、ご婦人たちも「さすがまこちゃんねえ」と言って、カフェサンセットはちょっとしたお祭りムードになった。

ところが時の経つのは早いもので、9月になると客足はぱったり。「こればっかりは仕方ないね、季節があるから」と翌年の夏を待ってみたけれど、夏になってもお客さんは全然戻ってこなかった。

「どうしようねえ」とご婦人方と相談していたまこちゃんだったが、折悪しく旦那の転勤が決まった。行き先は対馬。オーナーも別に新しい人を採用する気が無いようで、それからもう何年も、カフェサンセットは休業状態が続いている。

駐車場となった向かいの空き地のオーナーもおおらかな方で、「別に使う予定も無いから」と、駐車場代も取らずに、まこちゃんの手書きの看板もそのままになっている。

「なんでこのお店、全然開いてないのに臨時駐車場なんてあるの?」

10歳になる娘は、カフェサンセットの栄枯盛衰を知らない。懇切丁寧にこんなことを説明してあげたけれど、それほど興味はわかないようだった。

「そのかき氷、食べて見たいなあ。」

そうだねえ。と生返事をしつつ、臨時駐車場の色あせた看板を思い出す。

カフェサンセット臨時駐車場。路上駐車厳禁。

バスが来ます。道路を渡る際は気をつけてください。という小さな文字は、もうほとんど消えかけている。

まこちゃんはその後、市内に家を買ったそうだ。週末や夏休み、まこちゃんの車がカフェサンセットの駐車場に止まっていることがある。またいつか、お店をやってくれたらいいのにな。

ちょっとだけ、そんな勝手なことを思った。

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