ep3 公園の裏の

鳴海ニュータウンの北の端には、海の見える公園がある。そこから見えるのはいつも静かな海。西側に突き出した半島がぐるりと囲っているから、冬の嵐の日も、台風が来ても、湖のように静かな海だ。海の見える公園は雑草が伸び放題で、いくつかあるベンチも、いつも雑草に隠れている。

その公園にひとつ通る、獣道のような小さな道。近くを通る大人たちも、きっとそこが道だということを知らない。知っているのは、ニュータウンの小学生たちだけだ。

海の見える公園の小さな道を抜けると、公園を囲うフェンスに突き当たる。フェンスを乗り越えると、そこから道はかすかに続く。崖に張り付くように生えた木々の間を抜けて海から2メートルほど上がったところに、大きなくぼみになったところがある。元は、大木が朽ちて倒れた後なのかもしれない。

鳴海ニュータウンの子供の誰かがある日そこを見つけて、三年、五年といろんな子どもたちが入れ替わり立ち替わり訪れるうちに、くぼみはだんだんと踏み固められて、居心地のいい基地になった。

時々、誰かが持ち込んだダンボールが敷いてあったり、ジュースの空き缶やお菓子のゴミが落ちていたり、漫画雑誌が置いてあったりすることもあった。大抵は雨でボロボロで、開く気にもならなかったけれど。

「秘密基地行こうぜ」

多いときは週に2、3度、僕とピンとタイラは秘密基地へ行った。お調子者のタイラは浅い釜のようになった秘密基地の縁へあがって、海に向かってションベンをした。誰から持ち込んだダンボールを椅子みたいにして、並んで座ってぼーっとしてみたり、土の壁を掘ってみたり。

その間も海はずっと静かだ。東側の海岸はちょっとした工場地帯になっているから、それほどきれいでも無い。こんなに近くに海があるのに、僕たちは泳いで遊ぶことはほとんど無かった。

はじめに秘密基地に来なくなったのは、タイラだ。体が大きかったタイラは、3年生から3人そろってはじめた野球もすぐにうまくなって、5年生になる頃にはレギュラーメンバーに入っていた。レギュラーの彼らはみんな体が大きくて、声もでかくて、やんちゃで、大人びていた。

いつものように3人で秘密基地へ来たとき、タイラが「つまんねーな、なんかしようぜ」と言いだした。

「ジャンケンで負けたら好きな人の名前言おうぜ」

ええ、やだよ、と言いつつ、僕はまんざらでも無かった。当時僕にはカスミちゃんという好きな子がいて、みんなが誰が好きとか、付き合うなら誰とか、そんな話をしているレギュラーたちをうらやましく見ていたから。

でもピンはあからさまにイヤな顔をした。いいじゃんいいじゃんと、タイラもはじめはふざけて絡んでいたけれど、しまいには怒って口をきかなくなってしまった。そんなピンを見て、タイラも興ざめしたようだった。

「ノリわる。」

そう言って、タイラは秘密基地を出ていった。秋の始まりの、夕方の空。山の陰になる秘密基地は、陽が沈むと急に暗くなる。

「そんなに嫌なん?別に好きな子言うぐらいいいやろ。」

つとめて何気ない調子で言ってピンを見ると、ピンが親指の爪を噛んでまっすぐ前を見ていた。

薄暗く陰る頬に、瞳が燃えるように輝いていた。息を呑むほどの真剣さだ。

「別に。うざいやん、だって。」

そういってピンはまた黙った。

それからも僕とピンは何度か秘密基地に足を運んで相変わらずの暇な時間を過ごしていたけれど、六年生になるとだんだんと足が遠のいて行った。

野球も忙しくなったし、バスに乗って国道沿いのゲームセンターに遊びに行くようになったし、段々と他のことをしている方が楽しくなっていった。

多分中学生になって以降は、一度も秘密基地には行っていない。

散歩がてらに公園の脇を通ると、小道はだんだんと草に埋もれて、見えづらくなってきている。フェンスの向こうがどうなっているかは見えないけれど、この様子だと秘密基地を使っている子供は、もうほとんどいなくなっているんだろう。公園の裏の秘密基地は、やがて、跡形もなく消えてなくなる。

ピンのあの日の瞳は、きれいだった。透き通る深い藍色。夕日に赤く染まる海を宿したような瞳の奥底に灯る光は、多分、僕たちの人生の中の、何か特別な時間の始まりの火だった。

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