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神様はきっと見ているよって(会社でのちょっといい話)

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「で、結果は?」
「今の段階ではまだですが、確実に成果に近づく道を作っています。あと少しで成果が出ます。」
「いや、だから何で結果が出てないかって聞いてるんだよ。」
「…。結果を出すために日々の業務を積み重ねて…。」

限界だ。もうこれ以上話せない。
私はマイクをミュートにした。喉から漏れ出る嗚咽を抑えて、一人静かにオンライン会議越しに泣いた―

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伝わらない。成果が出ていないことを解せない上司。
現場の事情、進捗状況、お客さんの事情を全てすっ飛ばして。

これだけ寝食も忘れてやってきたのに。コンサルの1年目が学ぶと言われる全てを、誰にも教えられず、独学で全部身に着けて、脳汁出しまくってやってきたのに。PDCAサイクル。トライアル&エラー。雲雨傘。ロジックツリー。深夜の資料作成。誰よりも埋まっているカレンダー。

不器用と笑ってくれ。仕事ができるやつは、何でもそつなくこなすとけなしてくれ。成果が出ないなら、やり方が間違っているんだ、と一蹴してくれ。ただ、能力不足だ、と、あきらめてくれ。
だけどさ、15年間誰も成功してこなかったビジネス、私が一人で回してんだよ。人生で一番頭使ってやってるんだよ。私の会社の為だけじゃない。お客さんのためにさ。

確かに私は糞が付くほどの真面目だ。
「どんな困難な状況にも必ず突破口がある」という変なこだわりがあって、時間を無駄に費やしてしまう事もある。諦めが悪くて、逃げていく実在のないチャンスの影をいつまでも追いかけてきたこともある。そのたびに、「諦めたら試合終了」だとか、ルーズベルト大統領の労働に関する金言を思い出して、自分を奮い立たせてきた。

だけど、私だって気持ちだけで動いてきたわけではない。ロジカルに、戦略的に、時に改過自新して、進めてきた。Aがダメだった時のために、Bを用意しておく。CとDはシナジー効果が生まれるので、並行して進める。
そんなやり方を続けて、ただひたたすらに、この1年間、ビジネスを推し進めてきた。

それなのに、成果が出ないんだよ。

―なんで?

ビジネスがうまくいかないときって、愛するものを失ったとき、自分が誇りに思っている趣味や特技が称賛されなかった感覚に似ている。濁流に逆行して泳いでいるような、暗雲に飲み込まれてもがいているような、苦しい感覚。思い詰めていると成功しないよ、と人は言う。ビジネス成功しなくても死ぬわけじゃないんだし、気楽にやったほうがうまくいくよ。昔の上司は言う。そんな方法、もう試したよ。自分の意志で、楽観的にもなれるよ。だけど、やっぱり結果が全てなんでしょ?外資ですもんね。できるヤツは、結果残してんだもんな。

ただ自分が情けなくて、責めて、涙を流して、数か月が経とうとしていた。
やってきたことは間違っていないはずだ、そう思う事だけが、自分を前に進ませた。

そして、私は今日、月に1回の大事なレビューミーティングの日を迎えた。
私は自信を持って、今までの進捗を上司に発表する。そっと、発表を終える。オンライン越しに流れる、上司の沈黙。
ややあって、声がする。

「で、結果は?」

私は喪失感をぐっとこらえる。

「今の段階ではまだですが、確実に成果に近づく道を作っています。あと少しで成果が出ます。」

必死だった。おなかに力を入れて、前向きに、前向きに。

「いや、だから何で結果が出てないかって聞いてるんだよ。」

「…。結果を出すために日々の業務を積み重ねて…。」

「もう一度考え直した方がいいよ。」

ブツン。
限界だ。もうこれ以上話せない。
私はマイクをミュートにした。喉から漏れ出る嗚咽を抑えて、一人静かにオンライン会議越しに泣いた。

私は、私は、私は―
今まで、やってきたプロセスは、どうして認めてもらえないでしょうか?どうして、成果ばかり求めるんでしょうか?成果だけ欲しいなら、私なんかよりも数百倍賢い、AIロボットにやってもらったらどうでしょうか?

しばらくの間沈黙が流れる。
なんとか涙をこらえて、言葉を1つ、2つ発して、ミーティングを終了した。

ミーティングルームを退出。
ティッシュで目頭を、流れ続ける鼻水を押さえる。大丈夫。私が泣いていたことは、誰も見ていない。オンライン会議も、こんな良いことがあるんだな。何時間もかけて作った資料がかすんで見え、一人でぼろぼろ、ぼろぼろと涙をこぼして、そこに座っていた。私を嘲笑うかのように始まる次のミーティング。私は、ひっそりとルームに入った。

前のミーティングで一緒だった、同僚がいた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔が見せられず、カメラをオフにしていた。
涙声も聞かれたくなくて、ただ静かにお客さんが入ってくるのを待つ。

その時だった。

「元気出してくださいね。」

―え?なんのこと…?

「泣かないで。」

同僚は、知っていた。
泣いていたことなんて、絶対ばれてないはずだった。だけどずっと一緒に働いてきた同僚は、少しの間隙に気づいたのだ。

私の目から、また涙が溢れ出た。
再びミュートにして、声も出ず、泣いた。
その言葉は、私が責められたことに対してだけじゃない。今まで私がしてきたことを見ての、優しくて、力強い一言だった。

しばらく黙っていた私は、すっと息を吸い込んで、声を前へ飛ばした。
私の声に、少しの自信が戻った。私の声はまだ明るかった。
お客さんも、いつものように話を進めてくれる。

私さ、辛いことばかりだったけど、本当にここまで頑張ってこれてよかったよ。努力は見えにくい。だけど、同じ立場に置かれた人は、当事者の気持ちを理解できるようになる。見ている人は、必ずいる。

それから、嬉しいことも少しずつ増えてきた。私と同じように新規ビジネスの開拓で苦しんでいる同僚が、状況を理解して、話を聞いてくれた。勇気を貰えた、と言ってくれた。そんな小さな場面の積み重ねだけど、これって全部自分が本気で取り組んできたから、生まれた素敵な優しい場面だったんだなって。

まだあきらめない。正しい努力は、報われなくても、自分の糧となる。
同僚が、苦労を重ねた人たちが、私に教えてくれたんだ。
そして今日、私もその一人となった。
今度は、私も人を励ませる人になれるかな?


私はなぜか、ふと思い出した。
小さいとき好きだった、YUIの歌詞を。

風の中YOU
あなたが言った
神様はきっと見ているよって

今日は神様はきっと見ているよって、
初めて思えた日だった。


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