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カムイン!第2話

 我が家は俺、2つ年下の妻、2男3女つまり5人の子供の7人家族だ。ありがたいことに子宝に恵まれ気付けば子供が5人になっていた。妻は結婚する時に「結婚したら子供は5人欲しい」と言っていたが、それを有言実行して5回も命がけで子供を産んでくれた実行力のある女性だ。今の幸せな家庭を持てているのは妻の頑張りのおかげで、心から感謝している。とは言え、子供が5人もいると家は常に散らかりっぱなし。片づけた傍から散らかされるので、リビングがきれいになるのは学校の先生が家庭訪問に来る時など年に何日かしかない。俺の両親はもうすぐ80歳になるが、隣の市の実家に高齢の夫婦2人で生活している。俺の住む町に来ないかと誘ったこともあるが、両親には「そんな田舎で暮らしたくない」と断られてしまった。仕事柄、子供と離れ夫婦二人で暮らす高齢者をよく見るが、どちらかが認知症になったり、病で倒れたりするとかなり大変そうである。幸いまだ俺の両親は元気だが、そのうち介護が必要になったら、と思うと気が重く「まあそうなったら考えよう・・・」とつい現実から目を背けてしまっている。年老いた親への憂鬱な心配事は置いておいて、今回は子育てについての話をしようと思う。

 おれの日常の中で最近変わったことと言えば、朝9時から15分程度「Jobtribes」のNFTクエストをこなすという日課が増えたことだ。JobtribesのNFTにはレアリティ、つまり希少度に合わせてランクがCommon、Rare、Epic、Legendaryと分けられている。レアリティが高いとそれに比例して取引価格も高い。レアリティを合わせたNFTを6枚揃えるとNFTクエストというゲームに挑戦できる。それをクリアすると報酬としてDEPが貰えるという仕組みだ。ゲームをするにはスタミナを消費し、一日で出来る回数が決められているのでたくさんゲームをやるために初めはレベル上げが必要であるが、ある程度慣れると1日15分程度クエストをこなすだけで結構なDEPが貰えるようになる。朝NFTクエストをし、9時30分から地域の高齢者診療に従事する。そんな毎日だ。
 
 今日は診療時間に特に誰かに話すようなことは起きず、終業時間となった。俺が働いている病院はホワイトな職場なので、定時に帰ることができる。いつものように終業時刻きっかりに退勤し、帰路に着く。自宅は病院からそれほど離れていない場所に土地を買い、35年ローンを組んで家を建てた。ローンの返済があるから、俺はあと30年以上働かなければいけない。最近はDEPの価格が上がってくれないかなぁと日々思うようになったがそれとは裏腹にDEPは緩やかに下落傾向だ。
 自宅に着き、リビングのドアを開ける。そこにはいつものように雑然とおもちゃやら漫画やら絵本やらが散らかった空間が広がる。気を付けて歩かないと小さい玩具を踏んで痛い思いをするから要注意である。家を建てる時に、奥さんと「床材は無垢床がいい」、「照明はこんな感じがいい」、「家具はこんな感じで置いて」とかそれなりにこだわっていたが、子供はそんなことお構いなしにガチャガチャやゲームセンターで取った小さい玩具を床にまき散らし、足の踏み場も無い。こだわりのヘリンボーン柄の無垢床には無数の傷がつきエイジングが進む。シンプルモダンがコンセプトの内装にアンパンを擬人化したキャラクターのグッズやおもちゃがいいアクセントとなっている。
「パパ、お帰りー!」
幼稚園に上がったばかりの三女穂香が出迎えてくれる。さっき食べたばかりなのだろう、口の周りや手がチョコでベトベトだ。そういう日に限って白系の服を着ているので手が服に付かないように子供を抱えて洗面所に行って手や口の周りを洗ったりする。でも出迎えてくれるだけありがたいし、何より幼稚園児の娘はとてもかわいい。それに引き換え中学3年になる長女知香は俺が帰ってきても一瞥することもなく、テレビを見ながら夕飯を食べている。機嫌が悪ければ俺が帰ると言葉を交わすことなく自分の部屋に行ってしまう日もある。思春期の女の子の扱いは難しい。中学1年の長男光輝は小1の次女彩香の宿題を見てくれている。光輝は幼稚園からサッカーを続け、勉強もまあまあできるし、弟や妹の世話を頼まずともやってくれるいいお兄ちゃんだ。小4の次男和輝は一生懸命何かの絵を描いている。親から見ても手がかからず勉強も運動も得意な兄の光輝とは対照的に、弟の和輝は運動も勉強も苦手だ。ゲームやYoutubeの動画を見たり、絵を描かいたりと体を動かす機会が少なく最近太ってきている。絵やゲームは放っておくといつまでもやってしまう。やりすぎて俺に怒られることもしばしばだ。

「お帰り、ちょっとこれ見てくれる?ちゃんと勉強するようにパパからも言ってよ」
妻の有紀が小学校のテストを見せてくる。和輝の算数のテストだ。32点とテスト用紙の右下に大きく点数が書かれている。
「割り算苦手なんだな、和輝は」
どうやら割り算の筆算につまずいているらしい。和輝の方を見ると、気まずいのか俺の方を見ないように下を向き、絵を描いている。
「絵ばっかり描いてるけど和輝、今日は勉強したのか?テストの見直しとかさ」
俺は和輝に話す。
「うん・・・これ描き終わってから・・・」
勉強したくないのだろう。和輝はなかなか勉強しようとしない。
「まず勉強してからだろ!そういうのは!だから30点とかしか取れないんだよ」
俺の言うことを聞かず、なかなか勉強にとりかからない和輝についキツい言い方をしてしまう。
「はーい・・・」
和輝はしぶしぶ算数のドリルを開く。苦手な割り算で手が止まっている様子に見かねてつい口を出してしまう。
「ここはこうやってさ、こうすれば簡単だろ。」
親からしたら小学校4年の割り算なんて簡単なのでなぜわからないかわからずうまく教えられない
「うーん・・・」
和輝も本人なりには頑張っているのだろうが、ドリルを終わらせるのに手間取る。最後の方は目を赤くし涙を堪えていた。
「あ、和輝、泣いてるー」
彩香が兄をからかう。彩香は光輝とタイプが似ていて、小学1年にして和輝よりもしっかりしている。和輝はおっとりしているので妹に馬鹿にされても言い返しもしない。
勉強ができない我が子にいら立ち口調がきつくなり、泣かせてしまって後で、後悔と言うか無力感と言うかなんとも言えない感情に包まれることが時々ある。仕事で疲れていたり、自分に余裕が無くなるとそうなりがちだ。
 5人も子供がいると必然的に1人あたりにかける時間が減り、つい下の子に意識が向きやすい。我が家で言うと幼稚園児、小学1年の娘には世話を焼くが、上3人は自然と放任主義となってしまっている。中学生の二人が親の愛情が足りずグレてもしょうがないような気もするが、幸い素直に育ってくれているのにはもっと感謝した方がいいのかもしれない。
 夕飯を食べ、Jobtribesの貯まったスタミナを消費し、子供を風呂に入れたりしてるとなんだかんだで時間が過ぎ、彩香・穂香と一緒に21時過ぎには寝てしまう。

 そんな毎日を過ごしているある日の昼休み。いつものようにTwitterを開くと一つのニュースに目が留まった。

『カムイバースのLand NFT発売!シュメルのLandを手に入れよう!』

 カムイバースと言うのはPlayMiningのメタバースプロジェクトで有名漫画家がデザインした世界観を基に土地のNFT(Land NFT)を買って国民になるというコンセプトのプロジェクトだ。
人々と神々が共存する世界。創造神アンマをはじめ数々の神々がいる。いくつかの国々があり、徐々にその全貌が明らかになっていく・・・といった感じ。神話のような世界観なのかな。全部で10000区画を売り出す計画で、買った人はカムイバースの国民となることができてメタバース上に国民が交流する場を作るという目標があるらしい。具体的にそのNFTを買うとどうなるかとういのはまだわかっていない。Jobtribesで既にDEPを稼ぐようになっていた俺は「これを買うとJobtribesに加えてさらに儲かるかも」という下心もあって早速その土地のNFTを購入した。こうして晴れてカムイバースの国民となったのだ。元々漫画好きだった俺は小学生の頃にその先生の作品を好きだったのもあって、NFTのデザインは結構気に入っている。

 Land NFTを買ってしばらくは特に何も起こらなかった。DEPを稼げることもない。コミュニティアプリで国民同士がカムイバースをもじって「カムイン!」とか挨拶しあう位だ。そんなある時、コミュニティアプリ上でイベント開催の告知が行われた。

『シュメルのシンボルを作ろう!』

 シュメルというのはカムイバースの中の数ある国の中の一つだ。砂漠地帯が多い国で古代遺跡と美しい星空のある国。リアルの世界で言うと中東あたりのイメージかな。イベントというのはその国のシンボルのイメージ図を国民が自分で絵を描いてTwitterに投稿し、その中からシンボルを決定するという物だ。中学生くらいから絵など描くことはほとんど無かったが、せっかくだからと架空の国がどんなところか想像してその特徴をイメージし、そこらにある紙に落書きしてみる。我ながら下手くそだ。でも自由に想像力を働かせて絵を描くこと自体は中々楽しいものだ。
「ここをこうして・・・」
職場のデスクで色々なシンボルを描いてみる。ようやく自分なりのシンボルが出来上がったので投稿してみた。人に自分の描いた低クオリティの絵を見せるのは勇気が必要だったし、どんな反応をされるか少し不安だった。
「まあ、笑われても顔も知らない相手だし、どうってことないか」
せっかく描いてみた絵だし、捨ててしまうのももったいないので俺は開き直って投稿してみた。
「イメージすごく伝わります!いいですね!」
カムイバースを運営するマネージャーのzeniさんが意外といい反応のコメントをしてくれた。ちなみにzeniさんと言うのはコミュニティーにおけるアカウント名だ。皆本名などはわからず、アカウント名でそれぞれ呼び合っている。
「ナイスアイデア!」
他のコミュニティメンバーからもいい反応をもらう。お世辞なのは百も承知ではあるが、悪い気はしない。自分の絵が褒められるなんて何十年ぶりだろうか。
「なかなか俺もセンスがあるかもな」
なんて調子に乗っていたら、後から続々と高いクオリティの絵が投稿され、天狗の鼻が伸びる間もなくへし折られた。・・・やっぱり絵のセンスはないな。
 それにしても驚いたのは他の人の絵の上手さだ。おそらく本職ではない素人だと思うが、俺からしたらプロ顔負けの絵やデザイン力だ。世間は広い。このイベントで活躍した人たちは、後にカムイバースのアーティストとして頭角を現していくがそれはもう少し後の話。今回のイベントで学んだのは絵を描く楽しさと、世間には絵が上手い人がたくさん眠っているってことだった。

 今日も定時で帰り、自宅に帰る。ドアを開くと雑然としたリビングが広がる。いつものように出迎えてくれる天使のような幼稚園児の娘。小さい玩具を踏まないように足元を見ながら注意して歩く。ふと床に落ちている紙を手に取った。和輝の絵だった。描かれているのは細かいところまでよく描き込まれたモンスターの絵。
「おい、和輝」
絵を手にして和輝に声をかけると、和輝は「絵ばかり描いてないで勉強しろ」とでも怒られると思ったのかビクッと肩を小さく揺らした後、おずおずとこちらを見てくる。
「なかなか上手いな!この絵。お前が考えたモンスターなのか?」
カムイバースのイベントで下手くそな絵しか描けない体験をしていたので本心から和輝の絵を上手いと思ったし、何より絵が好きなのだと伝わってきた。
「うん!これはね、〇〇ってモンスターでけっこうレアなんだよ」
和輝は普段父親に絵の事を褒められることも無かったので嬉しかったのか、笑顔になりいつもより饒舌に訳の分からないモンスターの話をしてくる。笑うとふくよかな頬につぶされて目が細くなる。よく見ればなかなか愛嬌のある顔じゃないか。
「パパが和輝のこと褒めてる。いつも勉強しろとか怖いのに」
和輝を褒める俺が珍しかったのか勉強している手を止め光輝が俺を茶化す。
「俺はいつも優しいだろ!余計な事言ってないで勉強しろよ」
思わず反論する俺。
「いや、優しくはないでしょ。勉強勉強うるさいし」
ソファでスマートフォンをいじっていた知香まで参戦してくる。中学生にもなると口も立つようになって生意気なものだ。
「はいはい、パパお疲れ様。ご飯食べてさっさと穂香のことお風呂に入れて。知香もさっさとお風呂入ってきてよ。後ろが詰まってるのよ」
俺の夕飯を準備してくれていた有紀が割って入る。余計な言い合いで洗濯が滞るのを未然に防ぐ。
「はーい。お風呂行ってきまーす」
知香もママの言うことには従順であっさりと風呂場に向かう。俺は穂香を膝に抱えながら夕飯を食べる、光輝は勉強、彩香はPCでYoutube、和輝はお絵描きとリビング内でそれぞれ自分のしたいことをするため散り散りになる。いつもの我が家の夕飯時の光景だ。

 通知表で美術が5でも算数が2だったら、美術の事は褒めず「もっと勉強しろ!」と叱る親が多いのではないだろうか。考えてみれば、おかしな話だよな。運動や算数が苦手なら得意な絵を頑張ればいい。俺は子供のできないことにばかり目を向けていた。野菜が食えない、運動ができない、算数ができない。でも和輝は絵が好きだ。ゲームが好きだ。好きな事を放っておくと何時間も続けられるすごい集中力を持っている。もっと自分の子供のいい所を見てやろう。少し大げさかもしれないが、こういう考えは、カムイバースのイベントに参加して自分で絵を描いてみなければ気付かなかったかもしれない。創造性のある作業の素晴らしさ、楽しさ。もっとそういった活動をしている人が勉強のできる人と同じように稼げれば、勉強が苦手な子供の子育てに悩む親は減るのかもしれない。
 
 後日、シュメルのシンボルは国民から集まったアイデアを基に先生の手により素晴らしいシンボルとなった。国民のアイデアを集め、一つの国のシンボルが出来上がる体験を経験した。今回は俺のカムイバースコミュニティにおける初めての国民活動の話。カムイバースはこの後さらにその活動を広げていくことになるが、それはまた次回にでも。

第3話:https://note.com/shirosekai/n/nc7812d8d592e

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