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第5話 包帯との出会い 〜小説「包帯パンツ物語」〜


「これ、どうや?」

その場にいた全員が親父の手に視線が集まった。そこには円柱状にくるまった包帯があった。

「何これ?」

「包帯や」

「いや、それはわかってるんやけど……これがどうしたん?」

「これでパンツつくったらええんちゃうか?」

ぽこぽこ疑問符が頭の上に落ちてきては跳ね上がる。包帯をどうやってアンダーウエアにするのか。頭に思い浮かんだのは、包帯でぐるぐる巻きにしたようなパンツを穿く私。

「いや、そうは言っても、これでどうやって縫うのん?かなり高度な技術が要るんとちゃうかな」

「アホか、このまま作ってどないすんねん」

私は視線を包帯から親父に向けた。親父は続けた。

「考えてみぃ。この5cm幅の包帯が存在するっちゅうことは、1m幅の包帯でも作れるっちゅうこっちゃ」

みんな口を開けて親父の言葉を聴いていた。頭の中でイメージができあがるまでの数秒間、誰も何も話さなかった。親父に渡された包帯をじっと見つめる。

「そうか!」

手のひらの上の包帯に光が差した。確かに通気性も十分、伸縮性も高い。これなら、激しい動きにも柔軟に対応できるかもしれない。何より、汗の問題を解決できる可能性がある!

「これや!!!」

***

翌日、さっそく生地問屋に連絡を入れた。包帯で1m幅の生地をつくることができるのか。


「野木さん、それってどこの仕事ですか?」

「どこの仕事って?」

「ワコール?グンゼ?」

「いやいや、ウチやけど」

「ウチってどういうこと?」

「いや、その、オリジナル…」

「オリジナル!?売り先はどこ?ワコール?グンゼ?」

「いやいや、オレが売る」

「え?……それ、いつどれだけ売るんですか?」

「そんなんわからへんよ」

「そんなわからへんなんて……あのね開発費300万円くらいかかりますよ?」

「そんなん無理やんか!」

「いやいや、そんなこと言われてもね」


どこの生地問屋でもこのようなやりとりが繰り返され、断られ、断られ、断られた。包帯生地の製造の難しさに直面した。どこも取り合ってくれない。前例がないのだ。

現在使われている機械のほとんどが女性用のデリケートで繊細な生地を作っている。包帯と一般的な肌着の生地を比べると網目に差がある。専門的な話をすると、包帯は1インチに18本の糸を通し、一般的な肌着は1インチに28〜36本の糸が通る細い糸を詰めて編む。包帯は糸と糸の間隔が広く、肌着は間隔が狭い。つまり、包帯と一般的な肌着では、使用する機械が異なるのだ。包帯を作るメーカーは限られていて、なお且つ包帯用の機械自体、台数が数えるほどしかなかった。

さらなる問題点が一つ。包帯用の機械は、数が少ないことに加え、包帯以外を作るために使われたことが今までにはなかった。言わば、「包帯」というのは〝使い捨て〟の製品。繰り返し使うという目的で製造されていない。これは「品質をそこまで重要視しなくもていい」ということを意味する。

しかし、それをアンダーウエアにするとなると、品質面のクオリティは無視できない。〝使い捨て〟を作る機械で、高級品を作ることは大変なことだ。さらには、通常5センチ〜10センチ程度の包帯を1mの幅で作るとなると、機械のメンテナンスにも技術とコストがかかる。

結局、どこの工場に行っても「そんなもの作れるか!」の繰り返し。大手企業のOEM生産(他社ブランドの生産)に慣れてしまっている工場にベンチャー企業のオリジナル生地を作るほど暇な工場はどこにもなかった。

せっかく親父からもらったアイデアも形にするとなると一筋縄ではいかない。半年が過ぎ、「包帯の生地」を諦めかけていた時、親父がまた手を差し伸べてくれた。

「こうなったら、寺田さんに頭下げるわ」

「寺田さん」とは、業界では知らない者はいない有名人。実力も影響力も兼ね備えた生地卸商の常務。一つだけ問題なのは、誰もが震え上がるほどの、めちゃめちゃ怖い人物だということ。


【今日の格言】
「前例がない」ならば、つくればいい。必要なのは情熱と行動力。


つづく


(挿絵:KEI TAKEUCHI)
(テキスト:嶋津亮太


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