第7話 山は動くのか? 〜小説「包帯パンツ物語」〜
「お前が考えていることをやれるような場所は、日本国中探してもどこにもない」
寺田さんのその言葉に頭に来た。せやけど、それをひっくり返す言葉を知らんだけに悔しくて、悔しくて仕方がなかった。可能性があるとすれば、それは権力者である寺田さんの力でしか実現できないことも事実。寺田さんに協力してもらうほか、全ての道は断たれたと言っても過言やない。
「山は動くんやろか?」
ぽつり独り言ちた。
「らしくないわね」
ふと顔を上げると、妻がいた。家に帰ってからぼんやり遠くを見ている私を心配してくれていた。
「みんなにできないことを形にするのが、あなたのいいところなんだから。誰にもできないことっていうのは、あなたにしかできないことなのかもしれないでしょ」
「……」
「あなたが人を動かすのは技術じゃなくて、ここ」
そう言って、私の胸に手を置いた。
***
翌日、朝一番で会社に来て、しおりを作っていた。イラストレーションは使われへんので、パワーポイントで文字を構成する。タイトルは『七人の匠』。黒澤明監督の映画『七人の侍』のオマージュ。
編み、染め、裁ち、縫い……親父、工場長、専務など七名の名前を記載し、一人ひとりの写真を貼った。その中には寺田さんの名前も。それぞれプロフェッショナルが力を合わせてつくるパンツ。
「よっしゃ」
七人の名前と写真が並んだ冊子。ただ、寺田さんの写真がない。寺田さんの会社の部下に連絡をとった。
「すんませんけど、寺田さんの写真借りられへんやろか?」
「え?何に使うんですか?」
「いや、その、ちょっと、これこれこういうわけで」
「そうですか。そら、何か協力できればと思いますけど……社長の写真あったかなぁ?せや!社員証の写真を撮った時のんやったらあったと思います!」
「ホンマですか!寺田さんに内緒で送ってもらえます?よろしゅうたのんます!」
その冊子をつくろうと思ったことには理由がある。サラリーマン時代、とある出版物の仕事のお手伝いをしたことがあった。オリジナルの製品をつくるのだが、プランナーがいて、私は商品を仕入れる役割を担った。完成したものを見てみると、クレジットにはプランナーの名前が記載されていているだけで、私の名前はそこにはなかった。
その商品は大々的にヒットし、会社からプランナーへ500万円というボーナスが贈られることになった。彼はそれを自分だけの手柄にし、生産のネットワークをしている私たちには「ありがとう」の一言もなかった。別に金が欲しいわけやない。ただ、淋しかった。
この時、自分が企画を立てたとしたら、彼がやったことの真逆のことをやろうと心に決めた。私が表に出るのではなく、支えてくれている縁の下の力持ちに光を当てよう、と。
***
理由をつけて、もう一度、寺田さんを会社に呼んだ。
私は寺田さんの名前と写真の載った『七人の匠』を前に出して、頭を下げた。それから一言一言、噛みしめるように言葉にした。
「こういうことをやろうと思ってるんです。どうか……どうか、力を貸してください。自分はどうでもええんです。有名になりたいなんていう気持ちはこれっぽっちもない。せやなくて、日本の製造業に光を当てたい。この製品を形にしてくれたみんなの顔を表に出したい。このしおりを全部の商品につけようと思うてます。全員で勝ち取りにいきたい。せやから……一緒にやってください」
睨みつけるように私のことを見ていた寺田さんの瞼がゆっくりと閉じる。沈黙が流れる。窓から差し込む光が妙に眩しかった。額から滴り落ちる汗。自分自身の鼓動だけが聴こえる。そして、ようやく寺田さんは口を開いた。
「よっしゃ、そこまで言うんやったら、やったろう」
山が動いた。
【今日の格言】
熱意の伝え方に正解なんかない。自分なりの方法を考えること。
(挿絵:KEI TAKEUCHI)
(テキスト:嶋津亮太)
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