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第8話 希望の光 〜小説「包帯パンツ物語」〜

翌日から寺田さんは包帯生地をつくってくれる工場を探してくれた。

誰もが恐れる業界のドン。この人の手にかかれば、どんな無理難題でも解決できる……はずだった。包帯で1m幅の生地をつくるということは想像を遥かに超えて、めちゃめちゃ難しかった。あっちこっちの工場で断られた。寺田さんが力を貸してくれることが決まった時に夢が叶った気がしていたが、そう甘くはなかった。

時間だけが過ぎて行く。


「大丈夫かいな?」

「寺田さんに任せておくしかないやろ〜」


親父は淡々とそう答えた。何もできない自分が歯がゆかった。


***


そして、寺田さんは定年を迎え、商社を退職した。寺田さんへ託した想いは空中分解した。ふりだしに戻る。また一からのスタートだ。いや、もう無理かもしれない。肩を落としながら仕事に取りかかる。時計の針は何が起ころうと、いつだって平等に進んでいく。

何の進展もないまま、半年が経ったある日、いつものようにデスクで資料を整理していると電話がかかってきた。受話器を取る。

「はい、こちら株式会社ユニオン野木です!」

「野木さんか?、いけるかもしれんぞ!」

相手は寺田さんだった。チャンスはいつも、土壇場になってやってくる。

寺田さんは定年退職後、とある編立工場の顧問になった。その編立工場はいくつかの工場と提携し、機械を貸し出していた。その中の一つ、富山県の黒部に家族経営の工場が包帯を取り扱っていて、三人で細々と包帯を編み立てていた。


「そこやったら、うちの機械やから、やれるかもしれん!」

「え?ホンマ?……寺田さん、ホンマに?」

「ホンマや!、ホンマホンマ!」

「……えらいこっちゃ……ありがとう!」

「礼を言うんは出来上がってからや」

「ホンマに感謝してます。じゃあ、その工場にお願いしてもらってもええかな?」

「もう既に、つくっとるわ!」

***


試し編みだけで相当な量の生地になった。それは包帯で生地をつくることがどれほど難しいのかを物語っていた。最初の頃に上がってきた生地はどれも使い物にならなかった。もうぐねんぐねん。生地全体がピシッ!とならんのよ。こんなんでは大量生産でけへん。

品質が安定せずに20回以上つくり直してもらった。そのうち会社に届いたのは4回程度。それ以外は全て寺田さんがチェックして、送り返していた。

「アカン!こんなボロボロの生地、野木さんとこに持って行かれへんがな!」

親父も品質に関してはめちゃくちゃ厳しい人間やったから、寺田さんの配慮もきめ細やかやった。確かな品質の上に成立する信頼関係。

そのようにして試行錯誤を繰り返し、ようやく包帯生地が出来上がった。寺田さんが尽力してくれたからこその賜物。それで早速パンツをつくった。真っ白の包帯パンツ。ただ、穿き心地を確かめるまでは、油断ができない。一生懸命やっていることに違いはないが、まだ何の確証もないのだ。これらは全て「包帯ならば汗の問題を解決できるのでは?」という仮定だけで進んできた。検証してはじめて仮説が正しかったのか、それとも間違いだったのかがわかる。

例のごとく、サンプルを穿いて風呂場へ。湯船に熱湯を張り、シャワーで湯水を撒いてミストサウナをつくり、スクワットをした。びっしょり汗をかいて浴室を出る。高鳴る胸を抑えながら、パンツを確認をする。

「……いけた!」

汗がべとつかない。ペタペタと張り付くこともない。ようやく出会えた。これこそずっと夢に描いてきた汗を克服できる奇跡のパンツ。まだ、完成形には程遠い。まだまだ改良しなければならない点は山のようにある。せやけど、今までの苦労に比べればそれくらいは朝飯前や。これは必ず形にする。今までなかった下着が生まれる。熱いものが込み上げてくる。

ようやくこの時、包帯パンツの原型ができあがった。


【今日の格言】
希望の光が見えた瞬間、今までの苦労はエネルギーに変わる。


(挿絵:KEI TAKEUCHI)
(テキスト:嶋津亮太

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