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終わっていく夏


8月7日(月)

昼、外出しようとして玄関のドアを開けた。すると、通路の端に見慣れぬ物体が落ちているのを見た。茶色の羽毛の塊である。しばらく見ていても動かないし、随分毛羽立っていることから、死んだ鳩だと思われた。私は一度ドアを閉じた。落ち着く必要があった。まずは外出し、当初の予定を済ませ、帰宅してからしかるべき役所に連絡しよう。よし、と頷いてから再びドアを開けるとその死んだと思っていた鳩が突然飛び立ったので急いでもう一度ドアを閉めた。

夜、外出から戻ってきて自宅へ続く通路(昼に鳩が死に損なっていた通路だ)に入った瞬間、何かが視界の右端をよぎった。ぎょっとして立ち止まると、それも止まった。通路の壁をヤモリが這っていた。セーフだ。そこそこでかいが、こいつは飛ばない。私が一歩足を踏み出すと、ヤモリも少し進んだ。もう一歩踏み出すと、ヤモリもまた少し進んだ。私は意を決して通路を駆け抜けた。鍵を開けるのももどかしかったが、なんとか無事に何も引き連れることなく自宅に入ることができた。夏は嫌いだ。


8月8日(火)

食パンにマヨネーズを塗り、塩もみきゅうりをのせ、黒こしょうを振ったものを食べた。きゅうりトーストという名が世間にはあるが、食パンを焼いていないので、単にきゅうりパンである。夏だ。「今年は暑すぎて、きゅうりが畑でしぼんじまうんだよ」と八百屋が言っていた。

仕事の成果物の方向性が上司と食い違うことが最近多く、そのたびにどっと疲れる。言われてみれば、それはもちろん上司の思惑のほうが正しいし、納得するし、間違いなく私の勘違いなので、私の浅慮に失望する。

インターンシップ学生の質問に1時間みっちり答える、という仕事をやった。嘘をついているわけでもないのに、よくまあこんなにべらべら喋れるもんだ、と思いながら回答していた。終了後、背中が汗びっしょりになっていた。

キャベツを炒めていたらみるみるかさが減り、キャベツってこんなにしぼむんだったかな、と思った。春キャベツでない限り、キャベツはあまりかさが減らない印象だった。結果1/4玉を1食で食べてしまったわけだが、私は一度にキャベツを1/4玉も食べてよいのだろうか。自分の適正量というか致死量というか、それに全然自信がない。もう8年も自炊しているのに。8年!?


8月9日(水)

遠くで花火が打ち上げられている音がする。姿は見えない。今年は花火を見ずに終わる予感がする。


8月10日(木)

自作の夏プレイリストを初めて聴いてみた。夏の曲が手持ちに少なく、夏→フェス→なんか盛り上がりそうな曲、という連想でアップテンポの曲ばかりとりあえず詰め込んだだけだが、おおむね間違っていないような気がする。フェスに行ったことないけど。でも、夏しか聴きたくないアーティストもあるので、季節によってプレイリストを作るのは結構いい。

会社の飲み会で初めて上司の顔を拝見した。顔は想像していたものとかなり異なっていたが、歩き方は解釈一致だった。性格は声と歩き方に出る。優しい人だった。私から見たその人に対する認識と、その人自身の自己認識が高い精度で一致しており、それがその人のいいところで、私の好きなところだった。たぶん、指導教員に似ているんだと思う。


8月11日(金祝)

実家に帰った。今年初のすいかを食べた。今日が最もすいかをおいしく思うことができた。


8月12日(土)

久しぶりにしっかりピアノを弾いた。汗だくになった。新しく曲を弾けるようになろうとしている。ショパンだ。久しぶりにショパンを感じた。新曲を覚えることに対して、思いのほかわくわくしている。明日も早く弾きたい。普段使わない脳と筋肉を使ってお腹が空いた。


8月13日(日)

食べて喋って笑ってピアノを弾いて横になって眠る。笑いすぎて頬が疲れるが、よく眠れる。眠い眠い。今日はおしまい。




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