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楽曲「ラジオ」と少女 愛子

はじめに

あなたは「ラジオ」という楽曲をご存知だろうか?
楽曲ラジオとは2011年に発売されたaiko初のベスト盤「まとめⅠ」、「まとめⅡ」の初回盤の特典Discのみに収録された曲である。
言わばボーナストラックであり、2月に解禁になったサブスクリプションやストリーミング配信では聴くことが出来ず、発売から10年が経とうとする現在でラジオを聴く方法は中古の「まとめ」初回盤を買うほかないのである。
ライブでもラジオを披露したことはほとんどなく、2011年のLOVE LIKE POP vol.14、2017年の岡村隆史のオールナイトニッポン歌謡祭 の2つとなっており、aiko自身のツアーで披露したのはPOP14のツアーのみである。
そのためラジオの存在を知らずにいるリスナーは少なからずいるのではないかと思う。

このラジオという楽曲は昨年、公共の電波に乗り、大衆の耳に入るという貴重な機会を得たのだが、それは別の機会に書くとして、このnoteでは、ラジオの歌詞読解を行おうと思う。

『ラジオ』

夜中に目覚ましかけて こっそり秘密で出掛けるの
大切な茶色の靴で 歩く度かかと鳴らしながら
空気は冷えて白い息 だけど何だか寒くない
そして聴くのはラジオ
電波が星と星を繋ぐ

声だけであなたが泣いている事も今じゃ解るよ

小さい頃はこの世界に
生きてるのはあたしだけなのかもと
不安になった時に必ず
「違うよ」とノイズ混じりに叱られた

少し冷えたから家に帰って続きはベッドで聴こう
明日は学校あるけど 仕方がないの眠れないの

あの曲が流れやしないかと何度も胸が動く

大人になってもこの世界はいつでもあたしを子供に戻す
あの時は小さな悩みでも
死にたいくらいだったの辛かったの

夜中に口覚ましかけて こっそり秘密で出掛けるの
大切な茶色の靴で 歩く度かかと鳴らしながら
小さい頃はこの世界に
生きてるのはあたしだけなのかもと
不安になった時に必ず
「違うよ」とノイズ混じりに叱られた
不安になった時に必ず
「違うよ」とノイズ混じりに叱られた

このラジオという楽曲はaikoが生み出してきた200曲あまりの楽曲のなかでも、異彩を放っている。aikoの楽曲はほぼほぼと言っていいほど、恋愛の曲であり、また恋愛の曲ではなくとも、友好関係を歌った歌であったり、ライブの思い出を歌ったものであったり、aikoの楽曲はどれも聴いているであろうリスナーに向けた曲が多い。人と人との温かさ、温度、湿度、そして人肌を感じられる曲がaikoの楽曲の特徴である。

しかし、このラジオという楽曲は内向的すぎる。主人公とラジオの語り部以外の登場人物はなく、何が原因で主人公が悩んでいるのか、そういった情報はなく、ただラジオの電波が主人公と世界を繋いでいる唯一の手段であることが強調された楽曲である。

このラジオの歌詞解釈を書くにあたって、先日のyoasobiとaikoのラジオが大変役に立った。

先日のラジオで話していたのだが、aikoは幼い頃からラジオをこよなく愛しており、深夜のラジオを聞くため、午前2時に目覚ましをかけるほどラジオを愛していた。もちろん今もaikoとラジオは密接した関係にあるが、当時のaikoにとってラジオは独りから逃れられる唯一無二の時間だったのだろう。

その事を踏まえ、歌詞を再読してみよう

夜中に目覚ましかけて
こっそり秘密で出掛けるの
大切な茶色の靴で
歩く度かかと鳴らしながら

静かなピアノの音が曲の始まりを告げたあと、まるで誰か1人に話しかけているようにaikoが歌う。

夜中に目覚ましをかけて、誰にも見つからないようにこっそり秘密で夜の世界へ踏み出す彼女。
深夜の徘徊は彼女にとって特別な秘め事。一緒に同居している大人に見つかってはならない彼女だけの特別な秘密の時間だったのだろう。
幼い少女が深夜に外へ目的もなく徘徊することは、普通に考えたらとても危険な行動である。けれども、特に罪悪感はスパイスになる。悪いことを誰にも見つからないようにこっそり成し遂げる。まるで自分が米国のスパイになったかのようにさえ思えてくる。
そして人々が寝静まり、獣の気配も感じず、空には月と無数の星がきらめく。そして煌々と電柱の明かりだけが灯る夜の路には自分の足音しか聞こえない。
舞台は完璧である。
この曲に彼女以外の登場人物が現れてはいけないのだ。
彼女だけの世界で、彼女だけの物語をこの曲は歌っている。

空気は冷えて白い息 だけど何だか寒くない
そして聴くのはラジオ
電波が星と星を繋ぐ

この曲の季節は春でも夏でも秋でもない。人肌が恋しくなる乾いた季節「冬」なのだ。人の温かさを求める季節であるのにも関わらず、彼女はラジオから聞こえるパーソナリティの声で暖をとっている。
ラジオの放送局と夜路に1人彷徨う少女。物理的な距離は遠くとも、電波は彼女を夜の闇からぎゅっと暖かな世界へと引き寄せるのだ。

声だけであなたが泣いている事も
今じゃ解るよ

声からは、人の表情や仕草を感じ取ることはできない。体が泣いていても、声を取り繕うことで平然と見せかけることが出来てしまう。
この暖かい言葉を投げかけているのは果たして誰なのか。
はたまた泣いているのは誰なのだろうか。

小さい頃はこの世界に
生きてるのはあたしだけなのかもと
不安になった時に必ず
「違うよ」とノイズ混じりに叱られた

深夜、精神は複雑化を極め、時に突拍子もない発想へ向かうことがある。特にその発想に縛られ、まるで奈落の底に堕ちるかの如く、気持ちが沈んでしまうことがある。
けれど、彼女は奈落の底の世界でも、光を見つけることができた。ラジオという暖かな世界が彼女の傍にいつもあったのだ。
ラジオは一方通行の媒体ではない。
メールやFAXなどを用いて、自分の意見をパーソナリティに届けることが出来る。
そして彼女はラジオへ自分の悩みを送ったのだろう。
返事はぶっきらぼうで楽観的な答えだったのかもしれない。けれどもその明るさが彼女の心に灯を灯した。

少し冷えたから家に帰って続きはベッドで聴こう
明日は学校あるけど 仕方がないの眠れないの

あの曲が流れやしないかと何度も胸が動く

2番では1番の歌詞が深堀されている。
彼女にとっての眠れない夜のお供はTwitterでもInstagramでもYouTubeでもなく、友達でも、本でもない。そう。ラジオだった。
ラジオはパーソナリティが会話を広げるだけではなく、時に音楽を流してくれる。流行りの歌、洋楽、聞いたこともないようなマニアックな曲。普段生活をしているだけでは、触れる機会のない音楽まで流してくれるのだ。

当時、音楽を聞くことは現在ほど手軽ではなかった。サブスクやストリーミング配信もないし、YouTubeで聴くことも、音楽をダウンロードすることを出来なかった。音楽を聴くにはCDやレコードを買う他なかったのだ。
学生の彼女にとって、聴きたい曲を全て買うことは不可能であり、時に聴きたい曲をラジオでオンエアしてくれないかとリクエストをすることもあったに違いない。

大人になってもこの世界はいつでもあたしを子供に戻す
あの時は小さな悩みでも
死にたいくらいだったの辛かったの

時が経ち、色々な物の形が変わっても、ラジオは大人になった彼女が、幼い彼女に戻ることができる数少ない宝物の一つなのだろう。幼い時の気持ちをもう一度温め直すことができるラジオ。
人は生きているこの瞬間の世界しか感じ取れない。幼い頃、彼女が感じる世界は酷く狭いものに感じていた。大人になってその当時の頃を思い出すと、なんてちっぽけな悩みなんだろうと嘲笑してしまうだろう。けれど当時の彼女にとってその悩みは死にたいくらい辛い悩みだった。

夜中に口覚ましかけて こっそり秘密で出掛けるの
大切な茶色の靴で 歩く度かかと鳴らしながら
小さい頃はこの世界に
生きてるのはあたしだけなのかもと
不安になった時に必ず
「違うよ」とノイズ混じりに叱られた
不安になった時に必ず
「違うよ」とノイズ混じりに叱られた

このラジオという曲は幼いaikoの記憶を書き出したものだと解釈した。
そして大サビでかかとを鳴らしながらラジオを聴いているであろう彼女は大人になったaikoの今の姿。
あの時の茶色いスニーカーは茶色いヒールになっているのだろうか、はたまたあの時の茶色いスニーカーを今も彼女は履いているのだろうか。

この曲は幼い頃の愛子と大人になったaikoの2人の人物が時空を超え、想いを交差させている曲だと思うのだ。

声だけであなたが泣いている事も
今じゃ解るよ

1番Bメロに登場したあなたと(あたし)。2人はaikoという同一人物であり、きっと今のaikoが幼いaikoの悩みに寄り添った瞬間を描いたものだろう。


aikoが幼い頃は、ツイキャスやインスラタイブ、またYouTubeライブ、またSPOONなどの配信媒体は存在せず、また自分が配信者となることも当時は現在ほど手軽に行うことができなかっただろう。
時代が移ろい、媒体が変わっても、リスナーとパーソナリティの関係は変わらない。パーソナリティがたわいも無い会話を繰り広げ、リスナーはそれに反応したり、笑ったり、時に神妙な気持ちになったり、、、声という閉鎖された手段にも関わらず、そこには確かに温度がある。

大阪のラジオDJとなり、歌手デビュー、そして現在JPOPの前線を維持しているaikoにも、幼い頃、普通の我々が悩んでいたようなちっぽけな悩みがあったと考えると、人間誰も皆同じなのかもしれない。

最後に

noteの冒頭で、この「ラジオ」という楽曲はaikoが生み出してきた200曲あまりの楽曲のなかでも、異質を放っている。と書いた。
私はラジオはaiko自身の備忘録のような曲だと思っている。aikoはaikoが感じたことや身の回りの事や物から影響を受けて、歌詞を書くと言っていたが、このラジオからはそういった印象を受けない。強いて言うならラジオという受信機から歌詞を書いたとも取れるが、この曲はaikoの記憶から創られた印象を受ける。
aikoがaikoという人間を曲にしたのはこの曲が唯一なのではないか。

そのため公のCDとしてシングルやアルバムには収録されず、ベスト盤という言わばアーティストの集大成であるアルバムのボーナストラックとして、収録されたと考える。また初回盤という限定版にのみ収録されたことも、ファンに届けたいという彼女の想いが伺える。

ラジオがこの世に誕生して100年以上経つ。形は変わり、スマートフォンでラジオを聴く時代が来たが、今もラジオリスナーは少なくない。
ラジオという少しアンダーグラウンドな媒体だからこそ、人を惹きつける魅力があるのかもしれない。
今後、ラジオという文化は廃れていくのかもしれない。けれど形は変わりつつも、音声を通じて人と繋がる瞬間はこの先も不滅であると信じたい。

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