超短編小説キンチョール

縦川秋菜
小学5年生
父、母、姉、秋菜の4人家族であった。
この縦川家の大黒柱である父親はろくでもない人間だった。
甲斐性もなく気性が荒く浮気性で毎日酒ばかり飲んでいるという逆パーフェクト男だったのだ。
また、母に暴力をふるうことはなかったのだが、姉と秋菜に対してはしつけと称して厳しい体罰が日常的に行われていた。
酒に酔った勢いで「近頃たるんでいるから」という理由で正座をさせられ、説教が始まる。
納得がいかない姉と秋菜が反論すると、鉄拳制裁を加えられるというのがお決まりの流れだった。

縦川家では、姉と秋菜が毎日父親の晩酌のために電子レンジで熱燗を作ることになっていた。
秋菜は電子レンジの時間設定の加減によって出来栄えを褒められることが楽しくて積極的に熱燗作りに勤しんでいた。
そして度重なる体罰に嫌気が刺したある日、ふと思いついてあるものを手に取った。

殺虫スプレー

味に変化が現れない程度にお猪口に少し吹きかけて出したら父親は少しずつ体を壊すかもしれない。
母に隠れて実行することにした。
姉が隣で驚いた様子で眺めていたので「こうすればアイツは死ぬかもしれない」と秋菜はおどけてみせた。
一週間ほど試してみたが、父親の様子に特段の変化は見受けられなかった。
予想していた展開にならず期待外れな気持ちとこれからも体罰に支配される落胆が入り混じり、秋菜は熱燗作りを姉に任せがちになった。
その数週間後の夜、突如父親の怒号が家中に響き渡った。

「俺を殺そうとした奴は誰だ!?」

怒り狂う父親と宥める母親の会話を整理すると、いつものように熱燗を飲んだら薬のような味がして舌に刺激が走ったということだった。
姉と秋菜への尋問が始まった。
黙秘する姉と否認する秋菜。
姉が体罰を受けることになった。

姉が私の真似をしてやったんだ。
入れる量が多すぎて父親に気づかれてしまったんだ。
どうしてそんな簡単なミスをするんだ。
お陰で私が殴られるところだった。

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