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【短編小説】咳をしても金魚 #シロクマ文芸部


咳をしても金魚。

それは遠い昔の合言葉。





小学生の頃、俺にはアホでチョロくてお調子者で、ついでに壊滅的に女子にモテない友達がいた。
黒川拓海。通称タク。

秘密基地だの探偵ごっこだのに夢中だったあの頃、俺らには二人だけの秘密の合言葉があった。


『咳をしても』『金魚』


考えたのはタクだった。
初めて聞いたときは「なんじゃそら」と思わなくもなかったが、
絶対に誰も思いつかないであろう謎の言葉の組み合わせに、じわりじわりと「いいねえ~~」と盛り上がった俺ら。

この合言葉は、おそらく俺らふたり以外に知る者はない。
「咳をしてもーーー?」と問いかけて「金魚」と答えられるのは、この世に俺とタクの二人だけだ。
お調子者のくせに口の固いタクは、この合言葉を絶対に誰にも教えようとしなかったから。

その合言葉の片われを。
なぜ今になって俺は、星の数ほどもある闇サイトの中から器用に拾い上げてしまったのだろう。
銀行口座の売買をしている、この『咳をしても』なる人物はタクなのか。

今日は非番で、勤務外。

俺は『金魚』と名乗り、売人にメッセージを送った。
「元気か」とひと言だけ。

そうしたら、ものの数分で売人『咳をしても』はサイトをたたんで姿をくらました。

ーーー違うな。

タクだけど、タクじゃない。こんな早業をやってのけられるほどタクは賢くないのだ。流されやすいところがあったから、ウマイことのせられていいように使われているのかも。

タク、足を洗え。
おまえの好きだった舞ちゃん、去年離婚したぞ。


おしまい


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