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一瞬の気の迷い

今日は朝から少しだけ気分が乗らない。
いや、少しではない、とっても乗らない

ただそれでも出かけなければならない。
授業のために。

メイクのりの悪い肌とか、失敗した眉の形とか、いつもは失敗しないことでの失敗に、今日はなにかやらかしかねない日だと悟る。

私が少女漫画の主人公だったならば、間違いなく、「ねぇ、今日なんか疲れてない?大丈夫?」とか、声をかけてもらえただろう。

それくらい、隠しきれない機嫌の悪さみたいなものを今日はまとってしまっている自覚があった。

ただ、そんな友達はいなかったし、わざわざ誰かに話を聞いて!なんてラインをする内容もなければ、そこまでの勇気もなかった。

大したことない、そう言われればそうだけれど、私にとっては大したことだったのかもしれない。
ただ、大したことないと言われるのが嫌だった。

それに、なにが私をこんなに風にさせているのか、思い当たる節はあっても、確実なものは何一つなかった。そのくらい曖昧でぼやけた胸のつかえだった。

授業が終わり、リアクションペーパーを出して退室した。
ちょうど昼時。ご飯でも食べようかと思ったけれど、それも気が進まず、とりあえず飲み物を買いに行くことにした。

散りかけのイチョウが綺麗だった。

校内のコンビニで、暖かいお茶を買う。

通り過ぎる楽しそうな集団を横目に、1人、お茶を持って、ふらりと歩く。
そこで魔が差した。
ふと、最近いっていないある場所が気になった。

そこは私のお気に入りの場所だった。

人の多い学校の中で、人目を気にせずくつろげる場所は、あまりなかった。
しかしこの場所を独り占めできた時だけは、心が休まった。

ただ、最近は全く足を踏み入れていなかった。
ここに来たのは夏以来だ。

誰もいないかドキドキしながら入る。
先客はいなかった。
一台だけあるパソコンの画面が、ひとりでについたり消えたりしている。

私はお気に入りのその場所の中で、特にお気に入りの席に座った。
この部屋が一望できる、端っこの席。

ここに来なくなったのは、たぶん、見知った人たちに、会いたくなかったからだ。

私は少し、いや結構、遠回りをする。
だから私はもう、その人たちと同じように過ごし、同じ話題について話すこともできない。
きっと取り残された自分の存在を嫌というほど思い知らされるのが怖かったのだ。

だけど、今日、数ヶ月ぶりに、ここに来て、誰もいないのを見て、思い出した。

今までも、1人で来て、誰もいなくても、誰かいても、たとえその誰かが見知った人であっても、特段声をかけたりせず、お互いがお互いに干渉せずに過ごしていた。

それはきっと、変わらないはずで、ここはそんな1人にも優しい場所だったから、私は好きだったのだ。

それなのに、居心地の良かった場所は、あまり近づきたくない場所になった。

本当に怖かったのは、干渉されないことだったのだと思う。

私は、見知った人に出会ったら、声をかけてもらいたかったし、少し世間話でもしたかったのだ。

でも、この場所は、そういったことのない場所だ。
静かで、ゆったりとした、1人1人のための場所だ。

だから、この場所で、見知った人に会ってしまえば、些末なやりとりすら、きっとない。

それを避けるために、私はここに来ないことを選んでいた。
それだけのことだった。

結局、自己防衛だ。
しかしそうと気づいたら、なんだかもう何も怖くなくなった。

そして同時に、今日がこんなにもうまくいかないような日で、さらに一瞬の気の迷いまで生んでしまって、矛盾するけれどよかった、と思った。

今日来ていなければ、たぶん私はいつまでも、ここに来ることができない日々を続けていただろう。

ここは、今日からまた、私のお気に入りの場所になった。


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