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昭和〜令和時代の働きがい考

先日、家族の用事に関連して30万円ほど現金が必要になるタイミングがあったので、(自分は完全キャッシュレスの人なので、ATMに行くのも相当久しぶりで)ATMの横にある銀行の封筒に現金を入れて帰宅。

妻に現金の入った封筒を渡す際、それなりに厚みのあるソレを「いつもお勤めご苦労様です(笑)」といいながら渡すと、思いのほかニンマリ。別に彼女の懐に入るわけではないんですが、思った以上に嬉しかったようで。
妻は元銀行員でもあり、現金なつかし〜!といいながら厚さを確認していました。そして、銀行員時代の技をドヤ顔で披露しながらお札をバッサバッサと楽しそうでした。

で、ふと思いを昭和に巡らせます。昭和の高度成長期。
いまでも令和と昭和を比べるテレビ特番が放送されたりと、時代を懐かしむこともしばしばですが…。電車や職場での喫煙が当たり前、24時間戦えますか?のフレーズなど、今となってはアリエナイことも多かったですが、昭和のサラリーマンはまさに戦士。
その戦士たちを支えていたのは、日々増えていく給料袋のリアルな厚みだったのかな、と考えるのです。

もちろんお金だけがやりがいだったとは全く思いませんが、やはり現金の持つパワーは、凄まじい。日々の労働の対価が目に見える、手で感じられる。感謝の言葉だけでは感じられない達成感が、凄まじい昭和の高度成長を支えたのだろう、と感じるのです。

で、ふといつから給与が銀行振込になったのか気になって調べると、「賃金支払いの5原則」という行政通達がきっかけだったようです。
本行政通達が出されたのは1975年(昭和50年)。 この通達を経て、給料は主流の現金手渡しから銀行振込へと移行されたそうです。まだ私も生まれる前ですね。

きっとその頃にも賛否両論あったと思いますが、現金払いが振込になったことで寂しい思いをした方も多かったんだろうな、と思いを馳せるのです。


さて、時代を今に戻します。銀行振り込みが無くなって50年近く経ち、さらにキャッシュレスが進む令和時代におけるやりがいをふと考えてみるのです。

2024年から新しい一万円札は渋沢栄一さんに変わります。残念ながら自分はぜんぜんピンときません…。
福沢諭吉は1984年以降とのことなので、約40年に渡り一万円札のまさに「顔」でした。その前は聖徳太子ですから、これまでに一万円札の顔となった人物はこの2名しかおりません。

聖徳太子もすごい人ではあるのかも知れませんが、ちょっと昔すぎてピンときません。何かたくさんの話を同時に聞ける人、くらいの印象です(笑)
福沢諭吉はいまもエリートを想起する慶應大学の創始者でもあるので、なんとなくスゴイ人なんだろう、と身近に感じる方も多いと思います。

そこで、給料を振り込みでもらい、一万円札は渋沢栄一で、日常はキャッシュレスの世界で過ごす部下たちに伝えるべき働きがいとは何になるのでしょう。働いた分や感謝が「体で」実感できる仕掛けが必要なのかもしれないな、と思うのです。


で、アイデアとしてはものすごくくだらないのですが、例えば、給料日は必ず顔を合わせて、簡単なチョコ(チロルチョコやブラックサンダー)などの駄菓子をふるまうのはどうだろうか、、、そして特別に頑張った月は、いつもよりも少し多めにあげるとか、ちょっとこじゃれた飲み物をセットにしてあげるとか、、、感謝の言葉と共に合わせることで効果がでないかな、、などと妄想するのです。

もちろん評価で返すことは実施して行きます。でもそれは年に2回しかないので、タイミングとしては少ない。また、たまに飲みに行っておごるのもいいんですが、毎回飲みに行ってばかりだと財布が持たない可能性が非常に高いので(汗)、給料日に少額でも達成感を感じられる仕組みが作れないかなぁと思うのです。現金の厚みに比べると正直全然弱いんですが、ちょっと試してみてまたご報告したいと思っております。名付けて「いつもお勤めご苦労様です」作戦。


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