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無彩色に色を見る【短編小説】

 私が訪れたその場所には結依子の撮った写真が壁一面に飾られていた。
 一枚一枚を噛み締めて見て行き、一番最後にある写真の前で私は足を止める。
 この日のことは、一生忘れないだろう。

 春になってすぐの頃、私と結依子はカラフルな花畑があることで有名な公園に写真を撮りに来ていた。
 一緒にテレビでこの公園を見た時、写真家の結依子は何かを閃いたようで、すぐに撮影に行くことになった。

「結依子…衣装やっぱりこれじゃなきゃダメ?」
 結依子が私に選んだのはオフホワイトでAラインのワンピース。
 ふんわり可愛らしいデザインで、30歳目前で着るのはかなり勇気がいる洋服だ。
「今回だけだから…お願い!」
 そう頼みこまれると断るに断れない。結依子の作る世界のファンでもあるので、その彼女の作品になれると思うと嬉しい気持ちが勝るからだ。

 目当ての花畑に着き、撮影を始める。
 結依子の指示通りにポーズを取りつつあたりを見渡すと、テレビで見ていたのよりも色鮮やかな花畑が広がっている。
「これ…モノクロにしちゃうのはもったいなくない?」
 普段の写真でも思っていたけれど聞かずにいた質問を、何気なく結依子に投げかけると三脚に取り付けていたカメラを外し私の元へやってきた。
「絵里、よく見て」
 真剣な顔でそう見せられた液晶には、白黒なのに色の違いが明確にわかる一枚の写真が写っていた。
「ここは黄色、ここは赤。一見白黒だけかと思うけれど、色味が違うの。私はその色の奥深さを表現するために写真を撮り続けてる」
 そう話すと結依子は眼を伏せてカメラを握る手に力を込め、話続けた。
「そして、その真ん中に何色にも染まらない絵里がいる。この対比、綺麗だと思わない?」

 あの時、何も返せなかったけれど、この写真を見た今なら言える。
 本当に綺麗な一枚だね。

 ねえ、結依子。
 あなたの愛した白黒の世界、私はこんな形で終わりたくなかったよ。

 静かに眠る結依子の元から、私は離れることができなかった。


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