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イカタラシ璃子は今日も殺されなかった。誰だって、自分が殺されないことが普通だと考える。…
おれは薄暗い人のいない道を、塀に沿って歩いていた。塀はとても高く、重たそうで、覆いかぶ…
今日が何日目の「わたしの日」なのか計算しようとして、わたしはペンと紙を手に取る。しかし…
彼が空を見上げたのは、三月と四月の狭間のある夜、暗い滑走路で行われた灯火訓練のさなかだ…
ときどき、母の白昼夢を見る。半透明な、靄のかかったような視界の中に、いきなり黒い幕…
あいつはわけのわからない 耳から小麦麺垂らしてる あいつはわけのわからない 地球に…
絶対に忘れ物をしない女が、人生でたった一度だけ忘れられない忘れ物をした。いつもと変わらない一日の、いつもと変わらないはじまりだった。 女は自分が忘れ物をしたことに気がつかないまま家を出た。いつもどおりの時間の、いつもどおりの快速電車に乗った。会社に着くと同僚に「おはよう」と言い、コーヒーメーカーで一杯のコーヒーを作った。瓶詰めの茶色い色をした角砂糖をひとつ取り出し、コーヒーの中に落とした。午前中、四種類の書類に目を通し、一種類の資料を作成し、三本の電話の対応をした。キッチ
ぼくはもう何も書かない、と彼は言った。これまで書いてきたすべてや、これから書くかもしれ…
女、女、女だ。たくさんの女を知った。いや、一人として知らなかった。通りを歩いていると女…
彼女は左利きで、彼は右利きだった。 その日、彼の隣に座った二人目の女が左利きの彼女だ…
この空白は、埋めないほうがいい。手を触れずに、そのままの状態でそっと箱に詰めてしまって…
おれはこいつをあんたに届けるためにやってきた。合成繊維をはりめぐらせた、暗く冷たい鞄の…
影は音もなく滑空する。暮れることを忘れた灰白色の空に、エイを思わせるシルエットで突如現…
右眼の後ろのずっと奥のほう、眼窩の薄壁を透かして、鋭い白さに燃えたつ一閃の光が、その不意の奔出から予想されるよりも緩やかな速度で横滑りしていく。光はやがて散りぢりになって、眼球に水のように滲み出していき、視界のなかでいたずらに煌めきあってみせるのだが、その実体を捉えようとあわてて目もとの筋肉に力をこめても、けっして焦点を結ぶことはない。見たと思った瞬間、それはすでに消え去っており、すぐ隣のまたべつの場所に、新たな光の斑点がいくつかの染みを形成しはじめているのだ。