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拡散希望でもない限り、思考、指向、嗜好を第三者に勝手に話されるのって、誰だって嫌じゃないですか?

ドラマ「おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか」の中で、ずっと引っかかっていたシーンがありました。

「アウティングしやがって」
と、主人公が、ゲイであることを本人の了解なく他の人に話したことに対して、怒るシーンがあるのです。
怒っている人を宥めるセリフが。
「アウティングを知らなかったんだと思う」
という展開。

そもそも、個人的な問題を本人の了承を得ずに勝手に第三者に話すことって、アウティングと言う専門用語で語らなくてはいけない内容なのか?
と、いうことなんですね。

アウティングと言う言葉の意味が、個人のプライバシーに関わる情報を本人の同意なく、あるいは意思に反して広める行為をさしていますが、少なくともわたくしの受けた印象としては”マイノリティの方たちが使う専門用語”のように印象を受けました。
だから、違和感があったんですね。

性的指向に寄らず、マイノリティであろうがなかろうが、”個人的なことでやたらと人に話す内容ではないこと”は、他にも山ほどあるわけです。
人の口に戸は建てられぬという言葉もありますし、誰かに言ったら、誰かに伝わるものだと考える方が健全と言う面もあります。
だから、話されたら嫌なことは最初から人には話さないというスタンスがあるのも、それはそれ。

様々な事情で、話した方が軋轢あつれきを避けられる、とか、この場では話した方が良い、と、判断できるような場面が、人生にはあるわけです。

出来れば話したくはないけれど、仕方がないからこの人には話そう、とか。
この人にだけは、知らせるのが、今この場における最善策だ!とか。
そういう状況が生じていることが不健全なんですけれどもね。
その不健全の先に起こりうるのが、アウティングなのだと思うのです。

何が言いたいかと言うと…
どんな事情があろうが、日常生活を送る上で、弊害がなければそれで良いでしょ。
と言う、ことなんですよね。

本来、個人的な事情って、公の場ではどうでも良いことのはずです。
例えば産休なら、支援の面で届け出が必要なことだから、申請するシステムがあるだけで、産休です!と、宣言する必要もないと思うのですよ。

何か事情があって長期にお休みされる人がいる、ではこの人の担当している仕事をこのようにしよう、と言うことを考えれば良いだけのことではないでしょうか。
理由がなんであれ、業務を遂行できない事情があって、欠勤するんだな、遅刻するんだな、早退するんだな。
では代わりに誰にやってもらおうか。

例えズル休みをしていたとしても、自業自得と言う言葉があります通り、そういう人には必ず報いがあります。
これは経験上、漏れなくそうでした。
何故だかわかりませんが、ズル休みする人って、それを誰かしらに話しているケースが多いです。
そして、耐えかねた人が上長に密告したりしていました。
自分が何か行動を起こさなくとも、悪事千里を走ります。
正しい道を信じて進めば良いのだと思います。

私自身は、頻繁に休んで人様に迷惑をおかけしている側の人間でした。
他人様から見るとズル休みだと思われていた時もあるようですが、わたくし自身はズル休みをしたことはありません。

ズル休みとはつまり、私用の為に体調不良と偽って休むことですよね。
体調が悪くないのに、体調が悪いと言ったことはないんですよ。
ストレスを受けやすく、体調を崩しやすい。

不眠症、片頭痛、めまい、腹痛などなど、実際に体調が悪いから休んでいました。
あと、ストレスで免疫力が低下するので、雇用されている状態にあると極端に風邪を引きやすくなります。
体調不良の頻度が高いから、ズル休みだと思われてしまうだけで、ズル休みはしていない。

そんな状況で頻繁に言われるのが「自己管理がなってない」。
正直、どうすれば良いのかわかりませんでした。
頻度が高いから後ろめたさや申し訳なさはある。
頻度を下げるための工夫をするとなると、生活の質を下げることになる。
休みの日にすら遊びに行かないとか、そういうことです。

生きるために仕事をするはずなのに、仕事をするために生きている状態になってしまうんですね。
そうなると何のために生きているのかわからなくなるから、結局具合が悪くなる。
その狭間でいつも葛藤していました。

今、表現者として生きています。
報酬を得るのが、目標ですから、こんなブログがあるよ!
と、第三者の方に紹介して頂くのは、大歓迎です(^-^)

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