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【創作小説】『紅蓮 -blank-』本文サンプル

<基本情報>

「バイクに乗って戦う変身ヒーロー」の群像劇、続編。
主役は違うのでコレだけでも読めると思います。
今回はヒゲのおっさん同士が一緒にごはんを作り、20歳差の二人が遠距離交際します。全年齢・恋愛描写なし。でもイチャイチャは多め。

かつて戦いの中で左腕を負傷した中野テルユキは、紅蓮の「不在」を埋めるべく前線に一時復帰する。疲弊する心身を癒やすのは、隣人の坂上シンゴと過ごす食事の時間。しかし二人のあいだには、当人たちも知らない過去の因縁があった。

2023/4/2発行・小説・B6・86ページ
書籍:700円
PDF:560円

<本文サンプル>

【抹消】

 宇宙から飛来した「種子」が芽を出し、華やかな大都会を荒涼とした風景へ変貌させてから、瞬く間に三年が過ぎた。

 超外来敵対種・通称「ワスプ」と名づけられた巨大花から、無数に這い出てくる怪物「シード」は、あらゆる攻撃を受けつけない。熱・衝撃・化学反応・電磁力・放射能……人類は思いつくかぎりの手を打ったが、未だ有効な手段は発見されていない。
 対抗できるのは、敵(シード)と同じ外皮を獲得した特殊部隊「ロータス」のみ。
 しかし、強運によって力を得てもロータスに所属せず、利己的に行動する者もいた。人間の意思を持ったそれは、さらに危険な存在となる。
 逮捕不可能と判断された場合、ロータスによって「駆除」されることが特例で認められていた。

「まだ怖いのかよ」
 震える女を抱きしめ、男もまた震えていた。
「警察、いっぱい殺しちゃったから……」
 彼女は根元が黒く戻ってきた金髪をかきまわして泣きじゃくる。ラブホテルの扇情的な照明も、今は悪夢の演出にしか思えない。
「でも逃げるんだろ」
「だって、あの研究所でひどいことされるってみんな言ってるし。ロータスにはできない実験も、犯罪者ならなんでもできるって……」
 公に報道されてはいない。だが、一度研究所に入って再び日常生活に戻れた者はいないという。蓮模様のタトゥーを彫っているだけで職質や連行までされた仲間も知っている。国の研究所は「ワスプからこの国を守る」という大義名分の下に、非人道的な実験をくり返している。
 県境には検問所ができた。海外渡航も厳しく制限されるようになった。彼女も知人の密告で研究所に存在を知られた。警察も研究所の手先でしかなく、駆け込んでも守ってはくれない。
「あんたもそろそろ逃げなよ。田舎に兄貴いるって言ってたじゃん……」
 健気な作り笑いが、そのまま引きつった。外からパトカーの音が聞こえてきたのだ。
「どうしよ……」
 男は女の手を引いて、カーテンと窓を開けた。隣のビルの屋上に飛び移れるかもしれない。だが女は、男の手を振りほどいて二人のあいだにカーテンを引く。
「先に行って!」
 そう叫ぶなり、黒い虫のような姿に変わる。
 人間を餌とする醜悪なエイリアンと同じ外見、そして同じ強さを持つ存在に。
 外から鍵を開ける音がした。一人で逃げるのもためらわれ、しかし出ていくこともできずに男はカーテンの隙間から様子を窺う。
「手を挙げてください。武装を解除すれば、危害は加えません」
 戸口に立っているのは、彼女とよく似た……いや、黒いボディに白い線が入っている。肩から垂れ落ちる薄い翅も、光の透ける白色だった。
 ニュースでもその活躍が取り上げられる、ワスプ駆除部隊・ロータス。だが今は、研究所の冷酷な刺客だ。
「これが最後です。わたしたちの仲間になりませんか」
 穏やかな、若い男の声だった。
 彼女は無言で黒い頭を横に振り、相手に飛びかかっていった。
「っ!」
 名前を叫びそうになり、口を押さえる。
 目もつぶっていたかもしれない。気がついたときにはすべてが終わっていたからだ。
「こちら白蓮、黒蓮一体の駆除完了。……警察と処理班に連絡をお願いします」
 警察という言葉で我に返る。彼女と行動を共にしていた自分も、なにかの罪で捕まるだろう。
 カーテンの隙間から最後に見たのは、粉々になった外皮の中に倒れている彼女と、絨毯に恐ろしい勢いで広がっていく血だまり。
 そして屠った女を見返りもせず、淡々と連絡をしつづける「白蓮」の姿だった。

 ロータスについては、ほとんどの情報が非公開になっている。
 最初の三年ほどは、素顔も実名も報道され、メンバーのプロフィールにもすぐアクセスすることができた。だが今では、例の研究所が厳しい情報管制を敷いている。ごく一部の信頼できるメディアだけが細々と真実を訴えているが、それらもすぐに潰されてしまう。
 彼らが人前に出るのは、シードを駆除するときだけ。ただ、シードが発生しそうな区域はすでに厳しい立入制限が敷かれている。
 自分の家も職場も、その区域内にあった。避難しろと言われても生活が立ちゆかない。
 父は単身者用の社宅に住んでいて頼ることが難しい。父と離婚して兄を連れていった母とは、もう十年以上会っていない。母にも兄にも、どう対応されるのか想像もつかなかった。
 ただ普通に働いて生活していただけなのに、なぜこんな目に遭わなければならないのか。許せないのは、あの研究所だ。
 世話になっている友人の家も、立入制限区域内にある。そこでシードとロータスを待った。
 ロータスは赤・青・黄・白の四色。出動は二人か三人ずつで、必ずあの「白蓮」が出てくるわけではない。変身を解除せず立ち去ることもある。どんな兵器も敵わないあの装甲のままでは、迂闊に近づくことすらできない。
 何度か空振りと見送りをくり返して、機会を待ちつづけた。
 その日、青と白のロータスが出動していた。
 二足歩行の「シード」は、しかしいかなるコミュニケーションも受けつけない。個体としての意思はなく、地球の生物なら例外なく持つ「本能」さえないらしい。
 シードの頭部にある太い針で突き刺された人間は、その場で命を落とす。だが捕食ではない。刺された人間の体はシードと同じ形状に変化していき、自分の足でワスプの中へ戻ってエイリアンの養分となるそうだ。
 まるでゾンビ映画だが、ゾンビと異なるのは苦悶の声も表情もなく増殖していくことだった。
 被害拡大を阻止するために結成されたのが、特殊部隊ロータス。シードに襲われながら奇跡的に生還した彼らだけが、シードを倒す力を持つ。
 ロータスはまず人間を襲うシードを破壊する。それから、ワスプを肥え太らせないよう、シードにされた人間たちも、彼らの駆除対象になる。
 ついさっきまで人間だったシードを倒すにも、躊躇いがない。人の命をなんとも思わない連中が彼女の命もあっけなく奪ったのだ。そう思うと、悔しくてたまらなかった。
 一般人が警察の誘導で避難を終え、ロータスが人間の姿に戻る。
 白蓮は、ひょろっとした頼りなげな青年。
 まちがいない。あのときは部屋の中で大きく恐ろしく見えていたが、変身前はただの人間だ。
 恋人だって、あの姿になる前は自分の腕に収まっていたのだから。
 復讐に燃える男は、隠し持った凶器で青年に襲いかかった。

【標的】

 朝起きて、ベッドから出る前に手探りで左腕の装具を装着する。
 スポーツ用のプロテクターより細身の機械を、肘から手首に向かってはめていき、皮膚に埋め込まれたコネクタと接続すれば、手が自在に動くようになる。
 これがなければ左肘より先は腕を上げることもなにかを握ることもできない。今は両利きだが、本来左利きの自分にはとくに欠かせなかった。
「ミロク、装具動作確認」
 AIアシスタントには装具が正常に動いているかを毎日チェックさせている。最近はめったにないが、仕事中に動かなくなったりすると少し面倒だから。
 中野テルユキは、十年以上この「少しばかりの面倒」とつき合っている。
 顔を洗ってヒゲを整えていると、ミロクが来客を告げた。手が離せないので「ドア開けて」と指示する。
「おはようございます、ルームサービスでーす」
 眠そうな声で笑みもなくジョークを飛ばしてくるのは、隣室の住人。
 どうぞと招き入れなくても、坂上シンゴは部屋の中へ入ってくる。家主が洗面所にいてもおかまいなしだ。
「シェフ、本日のメニューは?」
 洗面所から尋ねると、シンゴは「スクランブルエッグ、アボカドドッグ、スムージー……」と低い声で唱えていく。
 手を洗って部屋に戻れば、テーブルの上に完璧な朝食がセッティングされていた。シンゴは着けてきたデニムのエプロンを外し、ワゴンの天板に乗せている。
 キッチン収納用のワゴンは、いつのまにかテルユキへのルームサービス用になっていた。敵対研の寮は高齢者向け住宅だった施設を流用しているため、各部屋にも出入り口にも段差はほとんどない。ワゴンは最適の運搬方法といえる。
「おはよ、シンゴくん」
「おはよ」
 自分と目が合うほどに長身の彼は、寝間着のスウェットから着替えてもいないし、癖っ毛がさらに爆発した頭も濃いヒゲも、起きたときのままといった様子だ。眼鏡も少し曲がっている。
「ウインナーが思ってたより太い、うれしい」
「うん、よかった」
 二人そろったところで席に着いた。ホテルとちがうのは、運んできた人間もここで食事をするということだ。
「いっただっきまーす」
「どうぞ」
 男二人向かい合っての朝食は、ほぼ毎日のことだった。わざわざ予定を入れることもなく、休日でも彼は二人ぶんの朝食を作ってデリバリーしてくれる。
「卵の柔らかさがちょうどいいー」
 一人なら機能性のスナックやドリンクで済ませるところだが、というよりしばらくそうしてきたが、彼が隣の部屋に入ってきたおかげで人間的な朝食にありつけるようになった。
 数年つづいた今となっては、もう他の生活パターンは考えられない、というのに。
 ブロッコリーをフォークでつついてふと手を止めたテルユキを、アボカドの乗ったホットドッグにかぶりついていたシンゴが見やる。
「火通ってない?」
「いやいや、美味しさを噛みしめてて……」
 笑ってごまかしかけたが、あきらめて息を吐き出す。いずれは伝えなければならないことだ。
「あのね……来週からね」
「うん」
「完全シフト制になるんですよ、ぼく」
「シフト?」
 フォークを置いて、居住まいを正してみる。
「えー、わたくし中野テルユキ、開発整備課から駆除処理課に異動になりまして」
「はい?」
 改まって向かうと逆に言いにくい。フォークを持ちなおして食事に戻った。
「いや、たぶん今日あたりそっちにもお知らせあると思うんだけど。ぼくがロータス配属になるのよ、『白蓮』として」
「……へえ」
 シンゴが、リアクションも表情も忘れているのがわかった。
 テルユキが元ロータスであることはとくに隠していないから、彼も当然知ってはいる。だが急に出番が回ってきたことに驚いているのだろう。
「そういやシンゴくん来てから、ぼくヘルプに入ってないもんね。たまにあるのよ、人手不足のときに駆り出されるOBってやつ」
「……今までは、もっと若い人がやってたんじゃない?」
 シンゴも駆除処理課の戦略分析室に所属している。戦力の配分や臨時増員の提案も担当している部署で、流れを説明するまでもなかった。
 だが彼らが検討するのは、人数と色のバランス程度。それを受けた医療研究課が、待機人員の中からだれを選ぶかまでは知りえない。
「だいじょうぶ、なのか。腕……」
 彼の視線を受けた、装具付きの左腕をさすりながら笑う。
「知ってるでしょ。変身中は、身体的障害は強制的に補正されるって。変身してるときだけ復活するのよ、この腕」
「そりゃそうだけど……」
「ここだけの話ですけど奥さん、所長が頑なに義足にしないの、まだ変身する気があるってことみたいよ」
 冗談めかして言ったものの、トレーニング室で所長を見かけることはよくある。初代「紅蓮」とはいえ、還暦前後の彼女を出動させようと考える者はいないはずなのに。
 それを思えば、自分に機会があるのはなにもおかしくない。
「だからね、シンゴくんの朝ごはん、毎日じゃなくなっちゃう、ってこと。それだけがつらいな」
「……時間合う日は、作るよ」
 出勤時間が同じだから、一人も二人も同じだから、と言い出したのはシンゴのほうだった。こちらにしかメリットがないように思えるが、彼は彼で苦にしている様子もない。朝のルーティンとして習慣になっているようだ。
「ホント? 悪いけどお願いね。シフト共有するから」
「うん」
 スムージーを飲みながら、シンゴはぼんやりと宙を見つめている。目は覚め
たらしいが、別の考えごとをしている顔だなと思った。
「紅蓮03の、穴埋め?」
 戦略分析室なら現場の状況は自分よりも詳しいだろう。紅蓮03と黄蓮25の戦力も、その二人が抜けた影響も。とくに紅蓮……最強の戦士の不在は大きい。
「さすがにそれは荷が重いよ……戦力的にはもう一人に任せて、ぼくは後輩たちのサポートに徹するつもり。今までの経験だと、長くて二か月くらいかな」
 テルユキは手を合わせて「ごちそうさま」と頭を下げた。
「そうだー、もっと筋肉つけなきゃ……今夜はチキンにしていい? トマト煮込みとか……」
「いいね。副菜考えとく」
 朝はシンゴが作るが、夜は二人で作って持ち寄ることが多い。それもまた習慣だ。
 職場は別の部署で顔を合わせる機会もめったにない二人が、一日二回の食事をともにする。たまたま隣室というだけで始まった奇妙な友情は、もう五年ほどつづいていた。

続きは『紅蓮 -blank-』でお楽しみください。

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