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 僕は子どもの頃、海沿いのちいさな村に住んでいた。生まれは東京だけど、僕が小2の頃に両親が離婚したので母方の実家に引っ越したのだ。離婚の原因はよくわからない。ただ、僕の父はよくくだらない嘘をついていたらしい。日大なのに早稲田卒とか。まあ、本当にくだらない嘘だ。私は学歴なんて気にしないのに、と母は苦笑した。ほかにはとくに父について聞かされはしなかった。

 家からはすぐに海があった。僕はよく流木や珊瑚や貝殻や綺麗な石を拾いに行った。浜辺の石は磨耗されて白くて美しい。僕は流木でフレームをつくったり、貝殻や石を革紐などと組み合わせてアクセサリーをつくったりした。クラスメートの男子とは何かあわなかった。好きなアニメや読む漫画、聴く音楽などことごとく違った。これは僕には4歳年上の姉がいるのでその影響かもしれない。「ジャンプ」や「サンデー」より「りぼん」や「なかよし」のほうが好きだった。

 あるとき母がぼやいていた。

「同窓会があるけどつけていくアクセサリーがない」
 と。僕達は一応母の実家にはいたけど、とくには援助もない母子家庭だった。僕は自慢のお手製の石のネックレスを差し出した。でも母は悲しそうに笑うだけだった。まあそうだ、小学生のつくったアクセサリーなんてつけて行ったら笑われるだけだろう。

 これも20年は前の話だ。僕は趣味が高じてハンドメイドのアクセサリー作家になった。ネットショップや地元の店にもおいてもらってそこそこ売れている。贅沢はできないけど、独身の男一人ぐらいはまあまあ暮らせていけている。ちなみにアパートには猫2匹。大家さんも公認だ。大家さんはアパートの隣の一軒家で暮らしているおばあさんだ。あっちも猫を飼っていて一人暮らし。僕達はよくおかずをわけあったり、夕食もたまに一緒に食べる。うまがあうのかもしれない。

 大家さんは僕があげた石のアクセサリーを眺めながら言う。

「綺麗ね。あなたの人柄がよく出てる。こういうのって嘘つけないのよね」

「そうですか」

「私はこういうのてんで駄目なの。編み物もできないのよ」

 皺くちゃの顔をほころばせて大家さんは笑う。皺くちゃだけど肌は綺麗だ。白髪のショートヘアが丸い顔に映えている。若い頃は可愛かったのかも。

「人間も石だと思うのよ」

「石?」

「最初は黒くてごつごつしてとげとげしてて……でもほかの石とぶつかりあって磨耗されて角がとれていく」

「ああ」

「世間という濁流に流されて漱がれて……最初はちいさな池にあったものが広い海に出て。きっと最後には白くて丸い美しい石になるのね。このネックレスみたいに」

「なるほど」

 僕は大家さんの人生を考えてみた。関東大震災の頃に生まれて、結婚して子どもが生まれる頃には戦争もあって。大家さんはカトリックだ。この世代の人には珍しいんじゃないかと思う。きっと、神様に救いを求めたいことがいっぱいあったんだろう。大家さんは僕に教えてくれた。双子を二回産んだけど、一人は死産だったということ。僕には子どもはいないけど、それはどんなにか辛いことだろうと思う。そして子ども達は皆独立して、旦那さんとは死別して。本当に僕には想像も及ばないようないろいろなことがあったんだろう。

 微笑む大家さんの白くて丸い顔は美しい石に見えた。

「ところであなた、いい人はいないの?」

「えっ、いや、あはは……どうかな」

「私の孫娘がね、いま大学生なのよ。武蔵美なんだけど……何かアクセサリー作りが好きみたいなのね。そういう催しにも出品したり」

「デザインフェスタとかですかね」

「ああ、そんなようなこと言っていたかも。どうかしら、ちょっと今度いろいろ教えてあげてくれない?」

「僕なんかでいいのかな」

「あなたのつくったアクセサリーをあげたら逢いたい、ってきかないのよ」

 悪戯っぽく笑う大家さん。そうか、人間は石なんだ。いままで何回も失恋してきた僕も、すこしは角がとれていい形の石になっているのかもしれない。

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