ペトリコール

　雨っていうのはいろいろと何かを思いださせるよね。今日の雨は何かせつない雨だ。せつない、なんて俺の柄でもないけど。タバコに火をつける。禁煙は続かなかったな。前に一緒に暮らしていた女がいたときはすこし続いた。あいつは灰皿ごと捨ててしまうから。でもタバコの煙のように、あいつは俺のもとから消え去ってしまった。お互い些細なことが許せなかった。若かったのかな。誰かと暮らすことは妥協の連続なのかもしれない。きっとみんな、騙し騙し何とかやっているんだ。これでいいんだ、とかいって。

　6月の空気がじめっと蒸し暑い。エアコンの温度をさげる。そういえばエアコンの温度でももめたっけ。だいたい女は寒がりなんだ。布団の敷きかたのルールなんていうやつも人によって違う。外から帰ってきたときの服で寝床にはいってはいけないとか。もっともこれは俺のルールだ。上にかける毛布と布団の順番も決まっている。ルールを乱す同居人がいるとやっぱり苛々してしまう。すこし潔癖なのかもしれない。

「乙女座って潔癖なんだよ」

　そういってたのはどの女だったかな。遠い昔すぎて思い出せない。

　前の女はそうだ、俺の灰皿も捨てたけど服だの本だのも勝手に処分していた。どうしてそういうことができるんだろう、信じられない。他人のテリトリーにずかずかとはいりこんできて支配しようとする。断捨離とかいうんだっけ？ あとときめかないものは捨てる、とか。ああ、俺は断捨離されたのか。そうだな、がらくたははやく捨てたほうがいい。大切なものまでがらくたで埋もれて見えなくなるから。

　雨だね。雨。台風がくるんだろうな。じとーっと湿気を含んだ日本の雨。もっと乾いた土地に行ってしまいたい。この島国には思い出がおおすぎるんだ。なんてね。ペトリコール、雨が降ったときに地面からあがってくる匂い。この言葉もどの女だったかが教えてくれたんだ。そんな名前の曲もあるとかいって。思い出がおおすぎる。タバコの煙で燻して浄化されたらいい。