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掌編小説

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2023年6月の記事一覧

【掌編】部員Sの脳内会議

海砂糖、か。 その一言から、会議は始まった。 「あぁ、今回のお題ですか」 「いかにも。『海砂糖』から始まる小説や詩歌を、との通達である」 「これまたいいお題っすねぇ。眩いばかりのワードセンス」 「うむ。さすがは部長と言わざるを得ない」 「『海砂糖』かぁ。想像が膨らむなぁ」 「いや、しかしな。そう喜んでばかりも居られんのだ」 「へ?」 「フレンチクルーラーが食べたいよう」 「フレンチクルーラー?」 「私ではない。あそこで寝ているあいつだ」 「あぁ、あいつか。すげぇ寝言だな」

【掌編】浮錆

銀河売りはガードレールの浮錆を指で折り、雨に濡れる路面へ目線を。 深夜の車道は通り過ぎる影も乏しく、申し訳程度の街灯が、アスファルトを照らす。光が雨露を散らし、きラり、キらリ。黒面に映える煌めきは、小規模なユニバースにも思えて。しかし銀河とは似ても似つかぬ出来損ないに、摘んだままの浮錆を弾き、やさぐれ。 「要は、何に宇宙を感じるかどうかだ」 僅か少し前を歩くだけの、先人の訳知り顔。何が宇宙だあめつちだ。己の所感でひょいと選んで、偶々買い手がついただけ。売り手を称し生業と

【掌編】ロボットと職人

ガラスの手を授けられ、ロボットは憤慨しました。 重く、割れやすく、そして何より動かない。これでは仕事ができません。 「悪いな。俺にはそれしか作れねぇ」 職人は白い鬚を指でいじりながら、ぶっきらぼうに言い放ちます。 「ですが、私は工業用ロボットです。手を作っていただけたのはありがたいが、動かせなければ意味がない。街に戻っても労働ができず、食いっぱぐれることでしょう」 「その労働環境の改善のため、お前さんを巻き込んだ戦争は起こったんだろう」 職人は言います。 その通り。ロ

【掌編】恋ヲ語ラズ恋セヨ少年

恋は猫。 喉を鳴らして寄り添い間も無く、爪で引っ掻き去っていく。 「要するに気まぐれ、ってことだよ」 僕は言う。 傍らのアキラは椅子に腰掛け、スマートフォンをいじりながら僕の話を聞いていた。 放課後の教室。窓際に陣取る僕らの他には、誰もいない。吹き込む風にカーテンがそよぎ、遠くから運動部のかけ声が聞こえる。 「どういうことなんだろうね。付き合い始めた頃はあんなに仲が良くて、毎日のように一緒にいたんだ。それが、急に熱が冷めてサヨウナラ」僕は続ける。視線の先には、昨日別れ