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掌編小説

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2023年4月の記事一覧

【掌編】四月の暮れ、ラインに立つ。

凍った星をグラスに。平日夜間の居酒屋にて。 年度初めのバタバタが尾を引き、僕の歓迎会は四月の末となった。会社近くのチェーン店で、計六名でテーブルを囲む。卓の上には、枝豆、唐揚げ、シーザーサラダにだし巻き卵。そして人数分のビールグラスが散らばっている。 「そういやお前、K大なんだってな。なんでまたウチの会社に来ちまったんだよ」 真向かいに座る係長は、開始早々一杯目を飲み干し、すでに呂律が怪しい。「はぁ」と曖昧に頷き、僕は目線を逸らす。まさか「公務員試験に落ちてしまったので

【掌編】黄色い牢獄《反転》

水族館へ行くと、大型の水槽にテープが貼られていた。アクアブルーの中、縦横無尽に泳ぐマグロの群れを、格子状に区切る黄色い直線。近隣の建物が工事中で、音に反応し、魚達がガラスに追突してしまうことがあるらしい。その補強のため、とのこと。 「あの黄色、邪魔」 いけない、と思いつつも、つい溢してしまった。 周囲の女子が「何これ」「面白い」と嬌声をあげる中、なんとも可愛げがない。何より、それで隣にいる彼の気分を害しては、恋人の作法に反する。 「ははは」抑揚なく笑って、彼は私の隣から

【掌編】拝啓、シロクマさま。

透明な手紙の香り。 その一文から始まる小説を書きませんか。そう、あなたは仰いました。まただ。私は思います。今月に入って、もう四回目です。 諸々の都合で、平日三十分しか創作の時間が取れない私ですが、週末はその倍、一時間を費やすことができます。今年はこれらを有効活用し、計画的に小説を投稿しようと取り組んでおり、先月まで、多少のイレギュラーはありながらも、概ね順調に推移していたところです。 しかし、どうでしょう。今月になり突然あなたは文芸部なるものを立ち上げ、魅力的な書き出し

【掌編】ヒロインはベリーショートで

一冊の本を埋める。 土にではない。埋めるのは、アニメの中だ。 人気作品である『桜庭探偵シリーズ』のアニメ化を任された時は、胸が躍った。これまでCM動画や短編アニメばかり担当し、このまま監督としては芽が出ないものと諦めかけていたところ、何の因果かチャンスが回ってきた。 ここで名を馳せることができれば。 夢に見たオリジナル映画の製作にも、大きく近づくことができる。 話を貰った当日から、原作を読み始めた。アニメ化の対象は、一番人気と言われるシリーズ第一巻。頭の中で映像を展開さ

【掌編】黄色い牢獄

水族館へ行くと、大型の水槽にテープが貼られていた。アクアブルーの中、縦横無尽に泳ぐマグロの群れを、格子状に区切る黄色い直線。近隣の建物が工事中で、音に反応し、魚達がガラスに追突してしまうことがあるらしい。その補強のため、とのこと。 「あの黄色、邪魔」 無骨な牢獄にも映るマス目を前に、隣の彼女が漏らした。 僕は逆だった。透き通るような青とのっぺりした黄色のコントラストを綺麗だと感じた。滅多に見られぬ光景を目にでき、得をした気分にもなった。 彼女は魚を観に来ていて、僕は空間

【掌編】ドント・マインド・ユア・ターン

手渡されたのは光る種。 「そんなものは要らない」と私は固辞したのだけれど、その人は「譲る」と言って引かなかった。 「一体これは何の役に立つものなんですか」 渋々ながらそれを受け取り、私は訊ねる。 「役に立つとか立たないじゃない。それを育てるのがお前の役目だ」 「何が育つの?」 「それを、確かめる」 「誰が」 「お前が」 ずいぶん乱暴な話だ。文句を言いたくなるけれど、こちらも急いでいる。要らぬ問答を重ねている余裕はなかった。 「育てられなかったら、どうなるんですか」

【掌編】生き残りの青

赤青鉛筆で日記を書く。 日付は十年後の今日。それを今から書き始める。 まずは、青い鉛筆を使う。十年後、私はどんな一日を過ごしたのか。ありったけの理想を詰め込んで、青で文字を綴る。 『朝。窓辺でコーヒーを飲みながら、飼っている猫に餌をあげた。スコテッシュフォールドのネネちゃん。私の大切な相棒。』 『昼。また大きな仕事が舞い込んだ。春の新作のアピールポスター。それを是非、新進気鋭のデザイナーである私に、との依頼。腕が鳴る。』 『夕方。彼から電話。仕事が早く終わったから、とご飯