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掌編小説

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2020年9月の記事一覧

【掌編】嫉妬

桜庭君が格好良くなってきたのがゆるせない。 他のどのタイミングでもなく、私と別れた途端に格好良くなったので、なおのことゆるせない。大学デビューを絵に描いたようなべったりした茶髪に野暮ったいシルバーアクセ、女の子と喋る時も緊張して噛みたおしていたくせに、今や服もナチュラルカラーのこざっぱりしたものだし、顔立ちも精悍になって垢抜けたように見えるし、スタバでアルバイトとか始めちゃってるしで、もうゆるせない。 芋っぽいながらも素材の良さにいち早く気付いてやったのは誰だ、私だ。初キス

【掌編】サイドテーブル方式

生きていくには考えなくちゃいけないことが山ほどある、と知って、これは何か方策を考えないといけないぞ、と思った。 何せ僕と来たら、ひとつの物事に向き合うことで精一杯で、同時にいろいろな問題を抱えたまま人生を進めていけるほど器用な人間じゃないことは、目に見えていたからだ。 学校の勉強も、今年入った卓球部も、まだ不確かな将来の夢も、友達付き合いも、片想い中の恋愛も、健康管理も、お小遣いのやりくりも。いずれもおろそかにならぬよう、上手に回していかなくてはならないのだけれど、どうしても

【掌編】黒板の傷

「黒板を見させていただけませんか」 ヒビヤ青年が言うので、私は旧六年五組の教室に彼を連れていった。児童の減少に伴い、今は使われていない教室だ。扉を開けると、窓からの光に、埃がはらんはらんと舞っていた。 どうだ、懐かしいだろう、と言う私には応えず、ヒビヤ青年は吸い寄せられるように、教壇の方へ歩いていく。彼の目的とする黒板の手前まで近付き、そっと指先をそこに置いた。 卒業生のヒビヤという若者が訪ねてきている。そう連絡を受けたときは、正直誰のことだかわからなかった。 訪ねてきた